妊活は「新しい命を授かるため」の前向きで素晴らしい活動です【薬剤師・鍼灸師 西野 裕一】

漢方薬の効力を実感し、中医薬学の道へ
ーこれまでのご経歴と、薬学や漢方に関心を持ったきっかけを教えてください
私は、島根県松江市出身で、父が小児科の開業医をしていました。1階が診療所、2階が住居で地元では名の知れたクリニックでした。
早朝から多くの患者さんが訪れ、夜間も急患に対応する父の姿を見て育ち、命に対する責任の重さを目の当たりにする中で、父と同じ小児科医として自分自身がやっていくのは難しそうだと感じるようになったのです。
その後、高校時代の恩師の勧めもあり、医療の現場を支えるために、北里大学薬学部に進学しました。漢方に興味を持ったのは、その頃の体験がきっかけです。
幼少期からアレルギー疾患に悩んでいた私は、特に鼻炎の症状がひどい状態でした。ある日、実習中に鼻炎が止まらなくなり、授業を早退して市販薬を飲みましたが、症状は一向に治まりません。
そんな時、偶然なのですが、試しに漢方薬を飲んでみたところピタリと治まり、漢方薬の効き目と即効性を実感したのです。
北里大学には東洋医学総合研究所もあり、漢方の専門医も多く在籍していたことにも影響され、中国の伝統医学である中医学に興味を抱くようになりました。

ー独立して漢方薬局を開業した経緯をお聞かせください
大学卒業後は父の勧めで、地元の病院に薬剤師として勤務する予定でした。しかし、自分の目指す方向性との違いを感じ、漢方薬局に入社しました。
薬局での仕事は楽しく、多くの学びを得られましたが、次第にもっと純粋に医療に近い立場で仕事がしたいと考えるようになりました。理想の中医学に近づくため、1987年に 誠心堂薬局の開業を決意したのです。
開業当時は資金的なゆとりもなく、千葉県の市川市に小さな店舗を構えました。「地域の皆さまに役立ちたい」という思いから国内の医師に指導を受けたり、いろいろな学会に入って学びました。
ただ、漢方の世界は難しく、奥深いものです。そこで、私は中国に渡り、上海や北京の大学病院で勉強することにしたのです。その後、当時の大学病院で知り合った医師が当社に入社してくださり、会社の発展に大きな影響を与えてくれました。おかげで、国内では中医師の在籍数が最多の漢方薬局となりました。

しかしながら、漢方薬だけで患者さんと向き合うには限界があります。このような悩みを抱えていた頃、鍼灸師の先生方と縁があり、いろいろと試してみたのですが、私が理想とする効果は得られませんでした。
それならば、「自分自身が鍼灸を学ぼう」と決意し、49歳の時に鍼灸師の資格を取得し、その当時の同期の仲間たちと一緒に鍼灸院を開業したのです。現在では東京と千葉に漢方薬局や鍼灸院を20店舗展開しています。
私は、思い立ったらまず行動し、問題にぶつかってから考えるタイプの人間です。一度思ったことはあきらめずに、最後までやり続ける信念を貫いたことが、結果的に患者さんとの信頼関係につながったのだと思います。
不妊に悩む方たちを「何とかお手伝いしてあげたい」
ー妊活・不妊治療に悩む患者さんとの関わり合いの中で大切にしていることはどのようなことでしょうか
父の実家が九州で、私も幼少期に生活していた影響もあり、九州男児特有の「女性は体力的に弱い存在だから守らなければならない存在である」という思いを、若い頃から持っていました。
母が病弱だったこともあり、女性の健康管理について興味を抱くようになったのは、自然な流れだったと思います。
さまざまな悩みを抱えた患者さんと向き合う中、次第に不妊症で悩む方々の相談を多く受けるようになりました。患者さんの悩みにより的確なアドバイスをしたいとの思いが芽生え、婦人科医の勉強会やセミナーに参加し、専門的な知識を身につけたのです。
現在は、株式会社 誠心堂薬局の代表取締役を務める一方、日本中医薬学会と一般社団法人統合医療生殖学会の理事を兼任し、産婦人科医の医療活動をサポートしながら、不妊治療の啓蒙活動を行っています。

ー妊娠を望む40代の患者さんと向き合う時に心がけていることはありますか
薬局へ不妊相談に来られる方は、大半が40歳以上です。健康な女性でも加齢によって卵巣機能が低下するため、体外受精に挑戦しても採卵できないケースが多くみられます。
漢方薬局は、医師の代わりに治療を行うのではなく、不妊治療で通院している人がうまくいかないところを補完して、妊娠しやすい体づくりをサポートする役割を担っています。
病院では医学的な診断に基づき、客観的な判断をしてくださいます。しかし、西洋医学で「治療が難しい」と言われた患者さんであっても、「愛するパートナーとの間に子どもが欲しい」という思いを、誰にも止める権利はないと思うのです。
たとえば、40代後半になって愛する人と出会い、「2人の間に赤ちゃんが欲しい」と願う人もおられます。そういった患者さんの切実な声を聞くたびに私も切なくなり、「何とかお手伝いしてあげたい」との思いが強くなるのです。
不妊症には年齢制限や、パートナーの無精子症、子宮の疾患など、さまざまな要因があります。それでも、純粋に「子どもが欲しいという思いを応援してあげたい」。そんな思いを込め、その方の持っている可能性を最大値まで引き上げるよう、私は最大限の努力を尽くしています。

実際、「卵子提供しか子どもを授かる手立てはありません」と言われても、漢方薬を服用して、赤ちゃんに恵まれた方は多くいらっしゃいます。
最近では、46歳で採卵が難しいと言われた方が、漢方薬を飲み始めて半年ほどで卵胞が確認できるようになり、「今年から本格的に不妊治療を始められる」と、笑顔で報告してくれました。
私が大きなやりがいを感じるのは、治療の先に「生まれる命がある」ということです。この喜びを患者さんと共有できることを、誇りに思っています。
授かるための身体づくりは、命を育むことにつながる
ー漢方を服用すると、妊活にどのような好影響がありますか。
妊活において漢方薬は大きく分けて、2つの働きをします。
1つ目は子宮内の血流を改善し、血液から届いた栄養を必要な部分に行き渡らせて、月経周期の活性化を行います。
2つ目はアンチエイジング、つまり老化を遅くする働きです。妊活においてのアンチエイジングとは若返りというより、妊孕力(にんようりょく:女性が子どもを出産し、健康的に出産することのできる能力)の低下を抑えることです。
さらに、治療が実り、妊娠した時には、お腹にいる時から赤ちゃんがしっかり栄養を摂り、妊婦さんの体調を整えるためにも、漢方薬も有効です。特に、赤ちゃんの器官形成期が終わって身体が強くなる時期にしっかり服用すると、妊娠中毒症、妊娠糖尿病の予防にもなります。
妊娠30週目以降の貧血というのは、単なる鉄欠乏性貧血ではなく、母体の栄養素が優先的に赤ちゃんの成長に使われるため、鉄分だけでなく、妊婦さんに必要な栄養が抜けてしまうのです。単純に鉄剤だけ入れればいいというものではない。漢方薬で補うことで、母親の体力がつき、より安心なお産に向けて望むことができます。
中医学においての妊活は、授かるための身体を育むことであり、身体を育むことは命を育むことです。妊娠と健やかな赤ちゃんの誕生を望むのであれば、まずは体質改善と身体づくりが大切です。
私が考える妊活のサポートは、妊娠することがゴールではなく、妊娠しやすい体づくり、元気な赤ちゃんを産めるだけの体づくり。元気な赤ちゃんを育てるための体づくりを漢方薬で補うことです。
特に高齢出産の方は出産後のケアが重要になります。数時間ごとの授乳に耐えられる体力づくりや、産後鬱にならないためにも、ぜひ漢方薬を服用していただきたいですね。

ー妊活に取り組んでいる方へメッセージをお願いします。
妊活はとにかく楽しいこと!です。「新しい命を授かること」を目的に頑張る素晴らしい活動です。
時にはうまくいかず、先が見えないことへのいら立ちや焦りを感じることもあるでしょう。しかしながら、悩んでも仕方がありません。新たな命を授かるための素敵な時間を、明るく、元気に、素直に、パートナーと一緒に過ごしてください。
ストレスを吐き出して気持ちをリセット
ーおすすめのリフレッシュ方法を教えてください
私がおすすめするリフレッシュ方法は、汗をかくことです。気持ちの良い汗をかくことによって心肺機能を活性化させると自律神経が安定します。
私の場合は、若い頃からボーリングが好きで、ピンが倒れる音を聞くとスッキリします。スコアが悪くても気にせず、無心でボールを投げ続けると、モヤモヤした気分も吹き飛びます。
運動が苦手な方は、間接照明の中でゆっくり入浴したり、アイマスクをして深い睡眠をとったり、ストレッチ用ポールで体をほぐしながら瞑想すると心が安定します。

また、カラオケで好きな歌を大声で歌う、絶叫療法もおススメです。私もひとりでカラオケボックスに行って音程なんかは気にせず歌うのが大好きです。ストレスをため込まず、外側に邪気を出すことが大事だと思います。
気持ちが落ち込むときは、できるだけポジティブで元気な言葉を使うように心がけましょう。「明元素」という言葉通り、明るく、元気で、素直な言葉を意識的に発すると気持ちが切り替わり、プラス思考になれますよ。
(取材:2025年1月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。