痛みのない出産を、安心・安全に届けたい。地域のお産と家族を守る医療を目指して【医師 上野 大樹】

3代続くクリニックを、兄弟で引き継ぐ
―産婦人科医を志したきっかけを教えてください
当院は、祖父の代から60年以上の歴史を持つ医院です。子どもの頃から、祖父や父が常に忙しそうに働く姿を間近で見て育ち、どれほど大変な仕事かということを感じていました。その一方で、患者さんから感謝されている様子もよく見ていて、子ども心に、この仕事がとても尊いものだと感じていました。
ただ、はじめから「絶対に継ぎたい」とか「同じ道を進みたい」と強く思っていたわけではありません。医師になった後も、産婦人科に進むかどうかはすぐには決められませんでした。現場の大変さも知っていましたし、もし自分の興味を引く他の科があれば、それも選択肢として考えていました。
でも、実際に医師として働く中で、最も心を惹かれたのは命の誕生に立ち会うことでした。多くの診療科の中で、「おめでとうございます」と心から伝えられる瞬間があるのは、産婦人科ならではだと思います。命の尊さを実感し、それを支えることに大きな意味があると感じ、最終的に産婦人科医としての道を選ぶ決意を固めました。

(https://ueno-hosp.com/)
―ご兄弟で産婦人科医をされているとうかがいました。お二人でクリニックを継ぐことになった経緯を教えてください
実は、最初から「一緒にやろう」と決めていたわけではありません。医師になってから産婦人科を選んだ後、弟と同じ医局に所属して、しばらくは大学病院でも一緒に働いていました。
いざクリニックを継ぐかどうかという段階になった時、お産を扱うクリニックとして産婦人科医が一人で運営していくのは難しい時代だと感じました。体力的な負担も大きいですし、医療の在り方自体も変化しています。
そうした状況の中で、もし継ぐのであれば、信頼できるパートナーと一緒に取り組むことが大切だと思いました。弟とは長年同じ現場で働き、信頼関係も築けていたので、自然な流れで「一緒にやろうか」という話になり、現在に至っています。
―クリニックをリニューアルされたそうですが、こだわられたポイントはありますか
妊娠期間と出産という大切な時間を、より特別なものとして感じていただけるよう、空間づくりにこだわってクリニックのリニューアルを進めました。
心が安らぐ場所にしたいという思いから、待合室のテーブルやソファ、受付カウンターなど、全体的に曲線的なデザインを取り入れ、やわらかい印象を大切にしています。病室もベージュを基調に、まるでホテルの寝室のような落ち着いた雰囲気に仕上げており、ゆったりとした時間を過ごしていただけると思います。


痛みのない出産を、安心の中で ー「無痛分娩」へのこだわり
―「無痛分娩」に特に力を入れていらっしゃると伺いました。近年、やはり無痛分娩のニーズは増えているのでしょうか
はい、ニーズは間違いなく高まってきていると感じています。日本全体の統計を見ても、かつては無痛分娩の割合は数パーセント程度でしたが、現在では10%ほどに増加しています。実際に診療していても、その変化は肌で感じますね。
―クリニックでは、どのような体制で無痛分娩を提供されているのでしょうか
無痛分娩の提供には、産婦人科・麻酔科・助産師の密な連携が欠かせません。当院では、産婦人科医2名に加え、麻酔科医や小児科医も在籍しており、それぞれの専門性を活かして、患者さま一人ひとりを丁寧にサポートしています。
実際、産科のクリニックで無痛分娩を導入するのは簡単なことではありません。産婦人科医が麻酔を担当できないケースもありますし、夜間や土日・祝日も含めて対応が必要となるため、人的な体制を整えるのが難しいのが現状です。
多くのクリニックでは、産婦人科医が麻酔処置も担う場合が多いと思いますが、当院では麻酔科の専任医が常駐し、基本的に無痛分娩はその麻酔科医が担当しています。産婦人科と麻酔科が連携し、安全で安心できる分娩体制を整えています。
また、私自身も約8年間大学病院の産婦人科での経験を積んだ後、麻酔科のライセンス取得のためにさらに2年間専門的に学びました。麻酔に関する知識を持ったうえで、麻酔科医と連携を取れていることも、当院ならではの特徴です。
麻酔科医が常駐し、なおかつ産婦人科医も麻酔の専門的知識を持っているという体制は、決して一般的ではありません。そうした点が、当院の大きな強みだと考えています。

―無痛分娩にはどのようなメリットとデメリットがありますか
一番のメリットは、やはり出産時の痛みを大幅に軽減、もしくは感じずにお産ができるという点です。痛みによる消耗が少ない分、産後の体力の回復が早く、その後の育児にも良い影響があります。強い痛みでパニックになってしまう方にとっては特に大きなメリットがあると思います。
一方で、デメリットもいくつかあります。比較的軽いものでは、麻酔薬の影響で吐き気やかゆみ、発熱が出ることがあります。重い副作用としては、麻酔が効きすぎて手足のしびれが残ったり、まれに呼吸障害が起こることもあります。
実際に、2017年ごろには無痛分娩中の事故として、麻酔の影響で呼吸不全に陥り、亡くなられたニュースもありました。また、ごくまれですが「局所麻酔薬中毒」といって、麻酔薬が体に強く作用し、命に関わることもあります。
また、分娩の進行に関しては、無痛分娩では痛みを感じにくいためいきむタイミングが分かりにくくなり、分娩時間が長引くことがあります。その結果として、吸引分娩や鉗子分娩といった「機械分娩」が増える傾向もあります。
―無痛分娩を希望しても、利用できないケースはあるのでしょうか
はい、すべての方に提供できるわけではありません。たとえば、血液の病気をお持ちの方や、背骨の構造に問題がある方(側弯症や腰椎ヘルニアなど)は、無痛分娩が難しい場合があります。また、極端な肥満も麻酔のリスクが高くなるため、対応できないことがあります。
―クリニックでは「無痛分娩教室」を開かれていると伺いました。どのような内容ですか
「無痛分娩って何だろう?」という方に向けて、基礎的な知識から丁寧にご説明しています。先ほどお話ししたようなメリットとデメリットもきちんとお伝えし、正しい情報をもとにご自身で判断していただくことを大切にしています。
無痛分娩を積極的に勧めるというよりも、「正しく理解していただいた上で、希望される方に選んでいただく」というスタンスです。安心して出産に臨んでいただくための選択肢のひとつとして、しっかり理解していただけるよう心がけています。

家族と地域に寄り添うクリニックとしてのやりがい
―診療時に心がけていることや工夫していることはありますか
やはり緊張されている患者さんもいらっしゃるので、なるべく話しやすい雰囲気作りを心がけています。診察の終わりにはなるべく「何かありますか?」というお声かけをして、患者さんに寄り添えるような形での診療を心がけています。
―医師として、やりがいを感じるのはどのような瞬間ですか
私は3代目としてこのクリニックを継いでいますが、「お父さんの時にお世話になりました」「おじいちゃんに取り上げてもらいました」とおっしゃる方が来院されることがあります。親子3代にわたって通ってくださる患者さんがいらっしゃることに、本当に大きなやりがいを感じます。
祖父も父もすでに他界していますが、そうした方々が今でも足を運んでくださる姿を見るたびに、「この場所を続けてきてよかったな」と心から思います。

―読者へのメッセージをお願いします
妊娠や出産というのは、多くの方にとって人生の大きな転機になるものです。その分、不安や悩みを抱える方も多いと思います。当クリニックは決して敷居の高い場所ではありませんし、医師もごく普通の人間です。どうかあまり気負わずに、リラックスして来ていただければと思っています。
心に引っかかっていることや不安なこと等、何か気になっていることがあれば、どんなことでも“思いのまま”をぶつけてください。その方が、こちらもより良いサポートができますし、安心してお産に向かっていただけると思います。
医師に直接言いづらければ、スタッフに話していただいても構いません。さまざまな立場のスタッフがいますので、きっと力になれるはずです。皆さんの気持ちに寄り添いながら、安心してお産に臨むためのサポートができればと思っています。
身体を動かしてリフレッシュと体力づくりを
―上野先生のリフレッシュ方法を教えてください
ジムに行ったり、ゴルフをしたり、ランニングやマラソンなど体を動かすことが多いですね。クリニックのすぐ近くに気軽に通えるジムがあるので、時間がない時や外に出られない時にはそこで走ることもあります。
天気が良い日には、なるべく外の空気を感じながら走るようにしています。ゴルフはもう10年以上続けていて、気分転換にもなりますし、何よりいい運動になります。
やはりこの仕事は体力勝負の一面もあるので、普段から体を動かすことを大事にしています。
(取材:2025年3月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。