「正解」のない妊活・不妊治療。大切なのは、ご夫婦の思いに寄り添うこと【医師 三井 悠】

「妊活や不妊治療には、これが正解という道はありません」と語る三井 悠先生。ご自身の経験から、患者さんの心に寄り添う医療、そして、女性のライフステージに寄り添う医療を追求し、2023年に「ルカレディースクリニック住吉」を開院されました。今回は、妊活・不妊治療への思いや、クリニックで大切にしていることを伺いました。
長期的な視点で患者さんを支える存在になりたい
――先生が医師、そして産婦人科医を目指されたきっかけをお聞かせください
私の家系には医師はおらず、「医者になってほしい」といった期待があったわけではありません。そんな中で私が医学の道を志したきっかけは、自分自身が未熟児として生まれた経験が大きく影響しています。
出生時は1500gほどで、NICU(新生児集中治療室)で育ちました。無事にこうして大人になれたのも、当時お世話になった産婦人科や小児科の先生方のおかげだと聞かされてきましたし、幼少期には小児科でのフォローアップも続いていました。そうした経験から、産婦人科や小児科をとても身近に感じていました。
実は一時期、動物が好きだったことから獣医を目指したこともありました。ただ、高校生になって進路を考えたときに、人を治したり支えたりできる仕事は本当に素敵だと感じるようになりました。そしてあらためて、自分が生まれたときに多くの先生方に助けていただいたことを思い出し、「もし医学部に進めるなら医師を目指したい」と強く思うようになったのが、医師を志したきっかけです。
大学で診療科を決める際には、小児科や内科、皮膚科などにも関心を持ちましたが、お産に立ち会ったときの感動がとても大きく、最終的に産婦人科を選びました。命の誕生に直接関われることは本当に素晴らしい経験で、「おめでとうございます」と多くの方に伝えることができるのも、この科ならではのやりがいだと思いました。そうした喜びや感動に魅力を感じ、産婦人科医への道を進むことを決意しました。

――産婦人科医としてキャリアを積まれる中で、特に不妊治療の分野に関心を持たれた経緯を教えてください
そうですね。私が不妊治療に関心を持つようになった背景にも、自分自身の経験が大きく関わっています。
プライベートな話にはなりますが、私は一度離婚を経験しています。その理由のひとつが「子どもを持つかどうか」という点でした。
結婚当初は「いずれ子どもをつくろう」という話にはなっていたのですが、いざ具体的に考えたときに意見が合わず、話し合いを重ねてもお互いに歩み寄ることはできませんでした。当たり前のことですが、自分自身が『子供が欲しい』と思っても、夫婦で意見が合わなければ作ることは出来ないということを改めて実感し、子供を作るということの難しさを知りました。
その後、幸いにも再婚することができましたが、妊娠に至るまでにもいくつかの困難がありました。最初の妊娠は子宮外妊娠で手術を受けましたし、生理不順もあって誘発剤を使っていた時期もあります。また、流産を経験するなど、簡単にはいかない現実を何度も味わいました。そうした過程を経て、無事に子どもを授かることができたのですが、妊娠に至るまでには多くの葛藤や悩みがあることを身をもって感じました。
もちろん産科での出産の瞬間に立ち会うことも素晴らしいのですが、それ以前の「妊娠に至るまで」の過程には、夫婦の関係や気持ちのすれ違い、あるいは医学的な壁など、さまざまな困難が伴います。だからこそ、一人ひとりに寄り添える存在でありたいと思うようになりました。
また、晩婚化・晩産化が進み、子どもを望まないという選択ももちろん尊重されるべきですが、「子どもが欲しいのに授かれない」と悩む方も確実に増えています。 そのような方々を、少しでも希望が叶うように支えたい。そうした思いから、妊活・不妊治療という分野に強く関心を持ち、取り組んでいきたいと考えるようになりました。

(https://luca-ladies.com/)
――病院での勤務を経て、ご自身でクリニックを開業されたのはどのような思いからでしょうか。
「もっと長く、患者さん一人ひとりと向き合いたい」という思いが、私がクリニックを開業した大きな理由です。
大きな病院では、多くの患者さんを複数の医師で診ていくため、毎回診察する医師が違ったり、私自身もシフト制で同じ患者さんを継続して診ることが難しかったりします。そうした環境の中で、患者さんとじっくり関係を築くことの難しさを感じていました。
さらに、私が大切にしたいと考えてきたのは「女性のライフステージ全体に寄り添う医療」です。思春期、不妊、妊娠・出産、更年期など、女性の人生にはさまざまな段階があります。しかし病院では、不妊治療なら妊娠に至るまで、産科なら妊娠から出産までと、範囲がどうしても限られてしまいます。もちろん、その期間に高度な医療を提供できることは大きな強みですが、私はもっと長く幅広く関わりたいと感じるようになりました。
クリニックであれば、高度な不妊治療や分娩といった領域など、対応できない部分もありますが、より長い視点で患者さんを支えることができます。たとえばピルの相談で来られていた方が妊活を始め、当院で妊婦健診を受け、出産は別の病院でも、産後にまた母乳の相談などで戻ってきてくださることがあります。実際に開業後2年間で、そうした患者さんに数多く出会い、患者さんの人生に継続的に関われることが、私にとって大きなやりがいに繋がっています。

その方たちにとっての“最善”を見つけるサポートを
――診療の際に、患者さんと向き合う上で大切にされていることは何ですか?
診療の際には、「医師が考える正解を押し付けるのではなく、患者さんご自身やご夫婦にとっての最善を一緒に見つけていくこと」を大切なスタンスとしています。
医療にはある程度のガイドラインがあり、不妊治療にも「この段階ではこう」といった進め方があります。ただし、妊活や不妊治療に関しては、子どもを望む気持ちの強さや希望する人数、どのくらいの期間で授かりたいか、さらには費用面なども含めて、本当に人それぞれです。ですから「必ずこの方法でなければならない」という正解はありません。
タイミング法でなかなか結果が出なくても、ご本人たちが希望すればそのまま続けることも選択肢のひとつですし、逆に「早く授かりたい」「将来的に複数人子どもが欲しい」と考える方にとっては、早めにステップアップするのも正しい選択になります。大切なのは、その方に合った進め方を一緒に考えることだと思っています。
また、治療に対する思いや考えは途中で変わることもあります。そうしたときも、その変化を尊重し、柔軟に方針を修正していくように心がけています。最初から最後まで「ご本人たちにとってのベスト」を一緒に探し続けることを大切にしています。


――2人目の不妊治療で、お子さんを連れて通いやすいような配慮をされているのも印象的でした
以前、体外受精の専門クリニックに勤務していた時、2人目の妊活をしたいのに、お子さんを連れて来られないためにすごく苦労されている方をたくさん見てきました。通院できないまま時間が経ち、年齢が上がってしまう方もいらっしゃいます。
また、1人目のお子さんがいることで夫婦の時間がうまく取れなかったり、2人目不妊特有の悩みもあります。
当院では体外受精は行っていませんが、タイミング法や人工授精で妊娠を目指す方のために、子連れの方の待合スペースと、そうでない方の待合スペースを分けており、お子さんを連れての不妊治療での通院も可能にしています。「子どもがいても安心して来られるクリニック」を用意することで、気軽に相談していただけるようにしたいと思っています。
――医師をやっていてよかった、とやりがいを感じるのはどんな時でしょうか。
妊活や不妊治療を経て、患者さんが妊娠された瞬間が一番やりがいを感じるときです。
通常の不妊治療の病院ですと、妊娠がわかった段階で関わりが一旦終わることも多いのですが、「そのままこちらで健診もお願いしたい」と言っていただくことも多く、そのまま赤ちゃんの成長も一緒に見守れるのは大きな喜びです。
さらに、出産後に赤ちゃんを連れて戻ってきてくださる方もいて、卵の段階から見守ってきた命がここまで育ったんだと実感できる瞬間は、とても嬉しいですね。


妊活のスタートから安心して気軽にご相談を
――クリニックを受診される方からは、どのような相談が多いですか?
当院は人工授精までのクリニックですので、妊活の初期段階の方が多くいらっしゃいます。「これから妊活を始めるのですが、何からやればいいですか?」といったご相談はよく受けますね。また特に2人目の妊活で、「夫婦生活の時間がうまく取れなくて困っている」というお悩みも一定数いらっしゃいます。
何から始めたらいいか分からないという方には、まず健康的な生活やストレスをためないことの大切さをお伝えします。そして、葉酸やビタミンDといった必要な栄養素をサプリメントで補うことや、ご自身でタイミングを知るために基礎体温の測り方、排卵検査薬の使い方などを具体的にご案内しています。
――妊活の初期段階でも、パートナーとお二人でいらっしゃることも多いのでしょうか
パートナーと一緒に来られる方もいれば、女性お一人で来られる方も多くいらっしゃいます。おふたりで来院される場合は、妊活のスタート段階から「一緒に治療を考えたい」という思いでいらっしゃいます。
ただ、全体としては温度感として女性側のほうが高い場合が多い印象ですね。
それでも、夫婦でコミュニケーションを取りながら「いまはこうしたい」「いつまでにこうしたい」と話し合うことはとても大切です。そうした話し合いがあって初めて、病院へ足を運ぼうという気持ちにつながるのではないかと思います。

今、国や自治体の取り組みをうけ、「プレコンセプションケア外来(プレコン外来)」(将来の妊娠・出産に備えて、今の健康と向き合うためのケア)を扱うクリニックも増えています。当院でもプレコンセプションケアやブライダルチェックなど将来的な妊娠・出産やご自身の生活や健康に向き合うための診療を取り扱っています。
もちろん、費用や時間の面での負担もありますが、国や自治体の助成制度も活用しながら、できるだけ多くの方に来ていただければと考えています。
――読者へメッセージをお願いします
妊活や不妊に関して、「こんなことで相談してもいいのかな」「いつ相談に行ったらいいのかな」と迷う方もいらっしゃると思います。
どのタイミングでも遠慮なく相談に来ていただいて大丈夫です。相談したからといって、不妊検査や治療を必ず始めなければいけないわけではありません。
「ちょっと妊活が行き詰まっている気がする」「どうしたらいいかわからない」と感じたときでも、気軽に足を運んでほしいです。そんな時に、我々医療機関にできることはきっと何かあるはずですので、ご自身たちだけで何年もモヤモヤしながら過ごすよりは、一度足を運んでみてほしいと思います。
誰かに話すことで気持ちが晴れることもあります。ぜひ気軽に、安心して相談に来てほしいですね。

自分との対話による、気持ちの整理がリフレッシュに
――最後に、先生のリフレッシュ方法を教えてください
私のリフレッシュ方法は二つあります。
ひとつは、ジムで体を動かしたり、サウナでゆっくり汗をかきながら考える時間を持つことです。体を動かしながら頭を整理することで、気持ちもリセットできます。
もうひとつは、「コーチング」です。育休中、自分の子育てや仕事との両立について不安になることがありました。「どうしたら子育てや仕事を自分らしくやれるのか」を考える中で、答えを教えてくれるのではなく、自分の思いに気づかせてくれるコーチングに出会い、自分と向き合う大切な時間になりました。今でも自分自身がコーチングを受けることがありますし、同じ悩みを持つ方や同業の医師に対してコーチをすることもあります。
こうした時間を通して、自分の中のモヤモヤの正体を整理したり、本当に大切にしたいことを見つめ直したりすることは、今も私にとって欠かせないリフレッシュになっています。
(取材:2025年6月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。