更年期の不調は「腎」と「肝」の働きに注目。漢方で身体のバランスを整えるお手伝いを【中医師 蔄 素云】

目次
姉の妊娠をきっかけに知った、漢方のチカラ
――先生が中医学に興味を持ち、医師を志されたきっかけについて教えてください
私が漢方に興味を持つようになったきっかけは、姉の出来事でした。姉は幼い頃から体が弱く、生理不順のため、なかなか妊娠できませんでしたが、漢方を飲み始めたこともあり、無事に男の子を授かることができました。当時、私は中学生か高校生でしたが、「漢方って本当にすごいな」と強く感じたことを今でも覚えています。
その後、遼寧中医薬大学の日本語クラスに進学しました。そこでは中医学と西洋医学の両方に加え、日本語も学ぶことができました。将来は日中交流を通じて中医学を日本に広め、日本の人々の健康に役立てたいという思いが芽生えました。中医学は自然治癒力を高めることができる、長い歴史を持った本当に素晴らしい学問です。
――その後、日本の大学院で学ばれ、中医学の講師として10年間教えていらっしゃったそうですね
大学で学んだことを日本で広めたいという思いを胸に来日しました。東京学芸大学の大学院では、健康や保健に関する学びはもちろんのこと、授業の進め方や指導法、さらに臨床治験や国際論文の執筆にも取り組みました。
「中医学を広めたい」「母校の先生方に恩返しをしたい」という思いを自分の使命とし、大学院での学びを経て、中医学の講師として約10年間教育活動に携わってきました。これまでに教えた卒業生たちが、さまざまな分野で活躍している姿を見ると本当に嬉しいです。

――初めての日本での生活や日本語での授業は、ご苦労も多かったのではないでしょうか?
そうですね。日本に来た当初は、特にヒアリングがとても難しかったです。
文法については日本語能力試験1級を取得していたので自信はありましたが、中国では日本人と接する機会が少なく、実際に会話をする経験はあまりありませんでした。
日本に来たばかりの頃は、スーパーで「袋は必要ですか?」と聞かれても意味が分からず戸惑ったり、電車も駅名を間違えて降りてしまうこともありましたね。
それでも、学生の皆さんにさまざまなことを教えてもらい、自分でもラジオやテレビを見たり聞いたりするうちに、だんだん耳が慣れてきました。少しずつ交流もスムーズになり、日常会話もできるようになっていきました。
日本の方々がとても優しく、丁寧に教えてくださったおかげで、さまざまな困難を乗り越え、今では日本語で不自由なく話せるようになりました。本当に、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。
――誠心堂薬局でご勤務されるようになったのは、どのような経緯からでしょうか
約10年間、日本で中医学を教える中で、日本でも医師や薬剤師の方々が漢方の魅力を理解し、臨床でも積極的に取り入れるようになってきたことは、大きな喜びでした。
ただ、その一方で、私自身がもっと臨床の現場に関わりたいという思いが強くなりました。そこで、中国の大学時代の先輩に相談したところ、誠心堂薬局を紹介していただき、中医学アドバイザーとして勤務することになりました。
初めて「誠心堂」という名前を聞いたときから、とても心惹かれるものがありました。誠心誠意、お客様の健康をサポートするという理念に深く共感し、「素晴らしい会社だ」と感じたことを覚えています。

中医学でひも解く更年期の不調、「腎」と「肝」が深く関係
――誠心堂薬局では、更年期の症状で相談に来られる方は多いのでしょうか
当薬局では不妊症や皮膚病のご相談が多いのですが、更年期のお悩みでいらっしゃる方ももちろんいらっしゃいます。
ただ、この年代の女性は仕事やご家庭、親の介護などで本当に忙しく、なかなかご自身の時間を作って相談に来るのが難しい、というのが現状かもしれません。色々な病院を試したけれど改善せず、「最後の手段として漢方を」と訪れる方が多い印象です。
私の担当するお客様の中では1割くらいの方が更年期のご相談ですね。私自身が同年代ということもあってか、辛いお気持ちを理解しやすいので、話しやすいと感じていただけるのかもしれません。
――中医学では、更年期の状態をどのように捉えるのでしょうか
中医学では、更年期障害の根本的な原因は「腎精不足(じんせいぶそく)」、つまり生命エネルギーを蓄える「腎(じん)」の働きが衰えることにあると考えます。
更年期の時期というのは、一般的には45歳から55歳くらいにあたります。特に、閉経の前後2年間は、更年期障害の症状が強く出やすい時期です。腎精が少なくなり、ほとんど使い切ってしまっている状態と考えられています。

(画像出典:漢方と鍼灸 誠心堂薬局)
女性の体は7の倍数で変化するとされ、28歳で腎の働きがピークに達した後は、年齢とともに弱くなっていきます。腎には体内の水分を調整する働きがあるため、ここが弱ると体の潤いが不足する「腎陰不足(じんいんぶそく)」という状態になり、ホットフラッシュやのぼせ、動悸といった症状が現れるのです。
また、「精血同源(せいけつどうげん)」という言葉があり、腎のエネルギー(精)が不足すると、自律神経を司る「肝(かん)」の血液(血)も不足(肝血不足)してしまいます。これにより、イライラや頭痛といった精神的な不調も出やすくなります。
日本語の「肝腎要(かんじんかなめ)」という言葉の通り、更年期の不調は「腎」と「肝」の機能低下が大きく関わっていると言われています。
動物のパワーと血流改善が鍵。漢方で心と体を満たす
――症状が出ている方には、どのようなアドバイスをされていますか?
まずは、「補腎薬(ほじんやく)」を使って、弱った「腎」を補うことがとても大事です。
補腎薬には「植物性」と「動物性」のものがあります。一般的な薬局で漢方として販売されているものは、植物性のものが多いですね。
人間も動物ですので、動物性の薬の方がより力強く体を補ってくれます。たとえば、豚の胎盤(プラセンタ)や、亀の甲羅、鹿の角からエキスを抽出したものは、体のバランスを整えながら不調を改善するのに役立ちます。
もう一つ大切なのが、血流を良くすることです。中医学では「女性は血を以て本と為す」と言われるほど、女性の健康には「血(けつ)」が重要です。血が不足すると、頭髪が薄くなったり、ツヤがなくなったりします。これは、髪に栄養を届けるエネルギーが足りないサインです。
普段の食事から鉄分などを摂ることが理想ですが、忙しい世代はなかなか難しいですよね。特にダイエットなどで食事量が減っている方は、漢方で上手に補ってあげるのが良いと思います。

(画像出典:漢方と鍼灸 誠心堂薬局 )
悩みに寄り添い、小さな変化を見つけること
――日々、ご相談者さまと接する上で心がけていることはありますか
まずは、お話をよく聞くことです。体のことだけでなく、お仕事やご家族のことなど、様々な話に耳を傾け、「辛いですね」「大変ですね」と気持ちに寄り添うようにしています。そうすることで、お客様も安心して悩みを打ち明けてくださいます。
また、更年期は不安な気持ちを抱えている方が多いので、中医学の理論で体の状態を説明し、「体質が改善すれば症状も和らいでいきますよ」と安心してもらうことも大切にしています。
そして、お客様の小さな変化を見つけて褒めることも心がけています。「今日は顔色が良いですね」「髪にツヤが出てきましたね」といった外見の変化は、漢方によって体の内側が整ってきた証拠とも言えます。ご本人も気づいていない良い変化をお伝えすると、とても喜んでくださり、治療を続ける自信にもつながるようです。

――今まさに更年期症状に悩んでいる読者へメッセージをお願いします
日本人女性の平均寿命は、現在およそ87歳といわれています。更年期は人生の折り返し地点ともいえる大切な時期です。
もし更年期特有の症状や不調でお困りのことがあれば、どうか一人で悩まず、お近くの専門家にご相談ください。私たち専門家は、みなさんが明るく健康にこの時期を乗り越えられるよう、全力でお手伝いをしたいと思っています。
誠心堂薬局では、薬剤師、鍼灸師、登録販売者、そして中医師が力を合わせ、一生懸命サポートいたしますので、ぜひお気軽にご相談くださいね。
太極拳とおしゃべりで「気」の巡りを改善
――先生ご自身は、どのように気分をリフレッシュされていますか
私のおすすめのリフレッシュ方法は3つあります。
1つ目は「運動」です。私は大学時代に習った太極拳を続けています。ゆっくりとした動作と深い呼吸を合わせることで、体と呼吸が一体となり、心身ともにリラックスした状態を保つことができます。
ゆっくりした有酸素運動は心身のストレス解消にとてもおすすめです。ウォーキングやジョギング、ヨガなど、ご自身の体調や体力に合った運動をぜひ見つけてみてください。
2つ目は「アロマオイル」です。香りは直接脳に働きかけるので速効性があります。特にローズやゼラニウム、イランイランの香りは、女性ホルモンの分泌を高めるという研究結果もあるんですよ。
リラクゼーション効果もあるので、お風呂に入れたり、リビングや寝室にお気に入りのアロマを置くのもおすすめです。睡眠の質も上がるので、更年期の症状の改善にもつながります。
3つ目は「おしゃべり」です。女性はストレスで「気」が滞りやすいのですが、おしゃべりをすると気の巡りが良くなり、血流も改善します。同世代の友人や、更年期を経験した先輩など、話せる相手といっぱい喋ることはとても良い気分転換になりますよ。

(取材:2025年6月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。