「産む力」をリスペクトする。世界基準のケアで、幸せな出産と育児を目指して【医師 善方 裕美】
目次
医師の原点は「母を守りたい」という強い思いと決意 何よりも尊い赤ちゃんが誕生する場に居られることが天職
── 善方先生が医師という職業を志したきっかけや経緯を教えてください
医師としての私の原点は、小学生の頃に抱いた「病気の母を守りたい」という強い決意にあります。その当時、私が小学校の中学年から高学年にかけての約3年半は、母が長期入院しており家にいませんでした。「もしかしたら死んでしまうかもしれない」「少しでも元気でいてほしい」という気持ちと、強い不安感や心細さがあったのを覚えています。父がとても辛そうにしている姿も横で見ていました。小学校に入ったばかりの弟もいたのですが、弟は状況をよく理解できていなかったと思います。
そんな家族の状況の中で、「もし自分が医師だったら、母のことを助けられるかもしれない」「どうにかして自分が母を守りたい」という強い思いが、私を突き動かす原動力となりました。小学校の卒業文集にも医師になると書いていたぐらいです。幸い、母は卒業式の頃には無事に退院し、今も健在です。「母を守りたい」、あの時胸に抱いた揺るぎない願いが、私にとっての確かな原点となっています。
── 専門を産婦人科に決められた理由をお聞かせください
当初は、母の疾患の関係から呼吸器内科が頭をよぎりましたが、母は「あなたが一番ぴったりくると思う専門分野に進むべきよ。私の病気にこだわらなくても大丈夫。」と背中を押してくれました。
それが、産婦人科だと確信したのは、大学の学生実習で「お産」に立ち会わせてもらったときです。経産婦さんだったのですが、そのお母様が「学生さんなのね。ちゃんと見てなさい。何でも聞いて。」と言ってくださったんです。その方のお産が生まれてくる赤ちゃんへの愛情に溢れていて、本当に素晴らしくて、心から感動して泣いてしまいました。
また、現場の熟練した先生方が、母子の状態について、喧嘩しているのかと思ってしまうくらい真剣に議論して、急速遂娩(赤ちゃんの状態が良くない時に吸引分娩などで急いで分娩にすること)をおこなった結果、元気な赤ちゃんが生まれて、喜んでハイタッチする姿を見て、「わあ、素敵! これをやりたい!」と心から魅了されたのがきっかけです。
さらに、産婦人科は幼少期から老年期まで、年代を問わず、一人の女性を内科的・外科的な両面で、生涯にわたって診ることができる診療科だと感じたのも大きな理由です。産婦人科医になっておよそ30年になりますが、お産の現場に立ち会い、幸せを共有させてもらえることは何よりも尊いと日々感じます。この仕事は私にとっての天職だと思って感謝しています。

患者さんと最善策を共に探る「共同意思決定(SDM)」
── 日々の診療の中で、特に大切にされていることや、患者さんと向き合う際に心がけていることはありますか
それぞれ、個々の患者様の立場や考え方を尊重しつつ、学術的に裏付けのある医療についてご説明し、良い方向性を導き出せるように心がけています。このことを、共同意思決定(SDM:Shared Decision Making)と呼びますが、これを基に、患者さんにとって何が一番良いかを一緒に考え、納得のできる方針を、ご自身で決めていただくことを重視しています。そのためにも、ゆっくりと分かりやすい説明やその方に合わせた提案を丁寧に行うよう心がけていて、患者様のタイプに合わせてお話を伺うペースや内容を調整しています。
わかりづらそうにされている方には、多くのことを一度に投げかけず、「急いで決めなくていいですよ」とお伝えしたり、個室でご家族だけで相談する時間を設けたりしています。焦らずにじっくり考えていただけるよう配慮しています。

「また産みたい、子育てが楽しい」を叶えるリスペクトの力
── 先生がこれまで医師として、特にやりがいを感じた出来事や、印象に残っているエピソードがあれば教えていただけますか
当院で出産された方が、出産や育児に対する気持ちや考え方が変わり、「もう一回産みたい」「子育てが楽しい」と言っていただけた時にやりがいを強く感じます。私たちの思いをちゃんと汲んでくださっているからこその言葉だと思うと、尚更ですね。
印象的なエピソードとしては、以前、6人目のお子さんを出産された方がいらっしゃったのですが、上のお子さん(中学生のお姉ちゃん)が「私は助産師さんになって、よしかた産婦人科で働きます。」と宣言してくれたことがありました。「ありがとう!それまで先生も元気に仕事を続けなきゃね!(笑)」と、とても嬉しくなりました。
また、私が取り上げた赤ちゃんが時を経て立派な女性に成長し、ご妊娠されて、「先生、私はここで生まれました!」とニコニコ笑顔で来院くださることもあります。そして、赤ちゃんの祖母様は「お久しぶりです、先生。今度は娘がお世話になりますが、私の更年期の相談もしたいです。」この世代を超えた患者さんとのご縁は、ずっと同じ場所で長くやってきたことのご褒美だなと思っています。
── 患者さんが「もう一回産みたい」「子育てが楽しい」とおっしゃるのは、なぜだと思いますか
これはおそらく、私たちスタッフ全員が妊娠・出産・育児という「産み育てること」を心からリスペクトし、この上なく尊い仕事だと感じていることが、患者様方に伝わっているからかもしれませんね。総理大臣の仕事よりも、子どもを産み育てることのほうがずっと尊い仕事だと、私は本気で思っていますから。
リスペクトに加えて、スタッフ全員が「お産は楽しいこと」と受けとめています。赤ちゃんは本当に可愛いし、育児も楽しいし、お産も実は楽しいんだよと考えています。驚くことに、「お産が気持ちよかった」「全く痛くなかった」「またお産したい」と退院される方さえいるんです。私たちのこの楽しむ気持ちが患者さんにも伝わり、気持ちの良いお産やその後の家族の幸せへとつながって、「もっと産みたい」という声につながっているのかなと考えています。


「自然分娩=痛みを我慢する」ではない!ホルモンを味方につけ陣痛を和らげるお産術
世の中には「育児は大変」「お産は痛いもの、つらいもの」といったネガティブなイメージがどうしてもありますが、「少し違うのではないかな」と感じています。
医学的な話をしますと、お産の痛みの程度は、採血データのように、客観的に測ることができません。その時の感情(安心してホッとできているか、不安や恐怖感が強いか)、環境(ムード、温度、照明、誰と一緒にいるか)、ホルモンの状態などによって、痛みの感じ方は大きく変わります。
たとえば、楽しく話している時に触られても平気なのに、「痛いことをするよ」と言われただけで、同じ刺激でも強く痛みを感じることがありますよね。痛みとは、色々な因子が影響する複雑で主観的な感覚なのです。
少し専門的な話になりますが、陣痛は脳から出る「オキシトシン」というホルモンで始まります。ここで大切なのは、このオキシトシンの作用は子宮を収縮させて赤ちゃんを外に押し出すことなのですが、同時に、痛みを和らげ、心拍数を下げ、心を穏やかにする、ママと赤ちゃんを守る優しいホルモンでもあるのです。オキシトシンが分泌されると、その他のホルモンも身体をめぐり始め、筋肉を緩めるリラキシンなどが分泌されます。
他の動物が出産しているように、本来、妊娠出産は女性の身体に備わっている生理的な機能の一つです。ただし、母子の安全を守るために、産科医療のサポートは不可欠。現代の日本の周産期医療は世界に誇る高い医療技術を有しています。いかにして、この「生理的な産む力」を医療が圧し潰してしまうことなく、上手に引き出すことができるか、それが、産科医と助産師の腕の見せどころなのだと思います。
自然分娩=「痛みを我慢すること」というわけではありません。世の中でよく耳にする「出産の痛みを感じないとお母さんになれない」といった考え方には反対です。このような精神論だけで自然分娩が語られてしまうことに大きな違和感があります。

── お産の痛みはコントロールできるものなのでしょうか、痛みを和らげるコツを教えてください
エビデンスのある産痛緩和法には、「自由に動き回る」「身体を温める」「お湯につかる」「呼吸法や音楽によるリラクゼーション」などがあります。また、パパや助産師によるマッサージ、指圧、好きな香りでアロマテラピーをおこなうことも効果的です。
また、ホルモンをいかに上手に使うかがポイントです。オキシトシンはアタッチメント(心地よい触れ合い)で分泌が促されることが分かっています。これを踏まえて、当院では、積極的にご家族にも参加していただき、ママへのアタッチメントを促します。そして、オキシトシンの力を最大限に引き出すために「安心感」や「気持ちの前向きさ」を大切にしています。
情動(気持ち)や環境は、脳のホルモンと密接に関係しています。例えば、幸せな気持ちの時に出てくるセロトニンなどのホルモンを増やすためには、「温かい」「怖くない」「安心」「気持ちいい」といったことがキーワードになってきます。お産までの間に、どれだけそういう要素を重ねて作っていけるか、マインドセルフケアでお産の流れは本当に変わります。
妊婦健診では、スマホで出産に関する怖い情報ばかり見て不安になっている方に、「一旦スマホはやめよう」と伝えて、別の対策をとってもらいます。例えば、陣痛が来る前に「パパと一緒に、気持ちの良い場所を、手をつないで歩いてみましょう!」とお伝えしています。
お産の最中のことをあれこれ考えるのは辞めて、出産後、赤ちゃんと一緒に楽しい所に遊びに出かける風景を想像するのが大切です。ベビーカーを押したり、赤ちゃんが少し大きくなったらいっしょに手を繋いで道を歩いたりするといった具体的なシーンを思い描くと良いですね。
関東圏初のICI国際認証※1を取得!自然な陣痛を待ち、あらゆる産痛緩和法でサポートする、世界基準の安全なお産
――「ママ・赤ちゃん・ご家族に優しいお産」という言葉が印象的です。貴院での分娩の特徴を教えてください
私たちの産院では、ママと赤ちゃんにとって、『産まれてくるための期が熟すのを待つ』、つまり、自然な陣痛を待つことが大切だと考えています。
自然陣痛が来た後は、お産の進行における個人差を尊重し、陣痛の痛みを上手に和らげるための多様な方法(産痛緩和法)を取り入れながら、安全で心地よい出産をサポートしていくという考えです。 上のお子様を含め、ご家族立ち合い分娩を推奨しており、お産の経過をママとご家族皆さまで共有し、ママへの心地よいアタッチメントを促します。生まれた赤ちゃんのカンガルーケアもおこなっています。
また、入院中、専属の理学療法士がママの骨盤ケアを施行。産後は母乳相談外来、産前産後ケアハウス「よしかたハウス」を利用していただき、切れ目のない育児支援をモットーにしています。

(ICIのポスター;中心の言葉は世界20か国の言語に翻訳されている)
この考え方は、2018年にWHO(世界保健機関)が「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」としてガイドラインを22年ぶりに改訂し、国際出産イニシアティブ(ICI)※2という枠組みが設立された潮流とも一致しています。
このガイドラインでは、分娩のスタートは自然陣痛であることが大前提とされています。その上で、痛みに対しては、動くこと、呼吸法、音楽などのリラクゼーション法、マッサージやお湯に浸かるなど、薬を使わない安全な産痛緩和法からおこなうことが推奨されています。陣痛がきたらとにかく動くのが良いとされているんです。
無痛分娩の代表的な方法である硬膜外麻酔※3は、その次の産痛緩和の選択肢になります。上記のICIポスター(図1)にあるように、硬膜外麻酔は多くの産痛緩和法の一つであり、自然陣痛の発来後に薬剤を使わない産痛緩和法を施した後の、セカンドラインとして存在します。当院でも、他の産痛緩和法で難しい場合、麻酔分娩をおこなうことがあります。
残念ながら、日本では麻酔科医・産科医の人員不足といった背景から、自然な陣痛を待たずに陣痛促進剤を使用する「計画麻酔分娩」が主流となっています。その結果、国際的なガイドラインから離れてしまう状況が一部で起きているのです。計画麻酔分娩による分娩時多量出血症例が増加しているという報告や、会陰切開、吸引分娩、鉗子分娩が増えるために、会陰の傷が大きくなり、産後の疼痛が問題となるケースもあり、必ずしも、「安産」「楽なお産」とは言えない状況もあります。自然陣痛を待つことの意味や、母子にとって優しい出産とは何かを再考する必要があるのかもしれません。
2024年9月に厚生労働省で開かれた第4回「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」では、日本の無痛分娩率の急激な上昇が指摘され、日本産科麻酔学会理事長である照井克生先生は「無痛分娩の安全な提供体制がまだ構築途上であることに注意を促す」とおっしゃっています。
母子の安全を最優先した、オンデマンド麻酔分娩(自然陣痛が来てから、分娩の進行状態によって産科麻酔をおこなう方法)が可能となる医療体制が求められていますが、今のところ、各医療施設の努力にゆだねられている現状があります。

──よしかた産婦人科独自の産痛緩和法はありますか?
はい、あります!当院では欧州から輸入した和痛のための最新機器「TENS(Transcutaneous Electrical Nerve Stimulation):経皮的電気刺激療法」をご用意しています。副作用のない、ママと赤ちゃんに優しい除痛法で、皮膚に電極を貼って微弱な電気刺激を与え、痛みを和らげるものです。脳への痛みの伝達をブロックする効果や、筋肉の緊張をほぐす効果が期待できます。
数年前、ドイツの助産師さんから「こちらでは、陣痛が始まったら、妊婦さんがそれぞれ『マイTENS(自分のテンス)』を持参して産科施設に入院するんですよ」と教えてもらいました。日本では妊婦さん用の機器は販売されていませんが、さっそく輸入購入し、助産師、理学療法士と協力して準備しました。今まで、試されたママの5名中4名は痛みが減少したと感じられており、この結果を2026年神奈川母性衛生学会にて発表しました。
TENSの説明動画(よしかた医院Youtube):https://youtu.be/34THZTqnxro
不安に感じたら専門家の情報を取り入れて前向きに「知って晴れ晴れ」
── これから妊娠・出産を控える読者の皆さんへメッセージをお願いします
このメディアの名の通り、「知って晴れ晴れしましょう」と言いたいです。心配ごとをそのままのワードで検索すると、どんどん深みにはまって、自分を追い詰めてしまうことがありませんか?現代は、情報が過多になってしまっていて、あまり気にしなくても良いのか、それとも重大なことなのか、総合的に判断することが難しいですよね。
皆さんには、メディアを見て不安になるのではなく「知ってハレばれ」さんのように専門家からの総合的な情報を取り入れることで晴れ晴れしてほしいと思います。メディアを上手に使って、不安を解消し前向きになってほしいですね。そして、拭い去れない心配ごとについては、自分事として、主治医の先生やご家族にしっかり相談しましょう。
── 先生ご自身のリフレッシュ方法を教えてください
音楽ライブに行くことです。今年も夏フェスのチケットを買いました。毎年、娘たち3人と一緒に行っています。他にも色々な音楽ライブに娘たちと行くのがリフレッシュになっています。奥田民生さんは長年大ファンで、kroiちゃんや藤井風さんも好きです。夫も誘うのですが、夫はキャンプが苦手。もっぱら小型船舶の運転手として家族サービスしてくれてます(笑)。
(取材:2026年3月)
※1:ICIの国際認証:世界保健機関(WHO)のガイドライン「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」(2018年)に沿って「母子・家族を尊重した安全なケアを実現する12のステップ」が示されており、基本原則として「健康増進、病気や合併症の予防、適時の救急医療を確実にする」「ポジティブな出産体験を得られるよう、女性の主体性と選択を支える」「MotherBaby-Family:母子・家族をひとまとまりとして守る」ことにコミットしている分娩施設が取得対象となる認証。現在、世界30か国以上で100以上の施設がICIに参加、12ステップは20か国語に翻訳され国際的な広がりを見せている。ICI認証施設では妊産婦や家族のフィードバックを取り入れながら自己評価し、目標を決めてケアの改善に取り組んでおり、継続的なイニシアティブ実践をおこなっている。
※2:国際出産イニシアティブ(ICI):国際産婦人科連合 (FIGO)、国際助産師連盟(ICM)、国際小児科学会(IPA)、国際母子出産組織(IMBCO)、ホワイトリボン連盟(WRA)の5団体が2018年に創設した国際的な枠組み。
※3:硬膜外麻酔:背中の硬膜外腔に局所麻酔薬などを投与し、脊髄の神経をブロックすることで強い鎮痛効果を発揮する方法。胎盤を通って赤ちゃんへ届くことがほとんどないとされているため、多くの国で無痛分娩の代表的な方法となっている。
※ 本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。



