正解のない子育て、私もみなさんと同じで、悩んで、苦しんで、もがいていますよ。【医師 宋美玄】
「結婚したら家事育児は女性がするもの」という風潮が根強かった時代、女性医師として働く道を選んだ宋美玄先生。
現在は、丸の内で働く女性のためにレディースクリニックを開業し、精力的に診療を行う傍ら、メディア出演やSNSでの情報発信にも力を入れておられます。
今回は、そんな宋先生に、産婦人科医を目指したきっかけから、クリニック開業の経緯、情報発信にかける想い、そして、仕事と育児の両立に奮闘する日々の中での葛藤についてお話を伺いました。
目次
男性社会の中で見つけた、女性であることが武器になる道
―先生が産婦人科医を目指されたきっかけは何だったのでしょうか?
もともとは父の影響で医学部に行ったのですが、別に家を継ぐとかは全く考えていなかったです。なので、何科を選んでもいい状態でした。
父親が外科医だったので、手術とか外科にはすごく興味があったんです。でも、いろんな科を回ったり、話を聞きに行ったりする中で、女性が働き続けられる環境ではないなと感じたんですよね。私が医者になったのは2001年なのですが、私の出た大学出身者は女性が1割しかいないような、完全なる男社会でした。
当時は今よりも「結婚したら家事育児をするのは女性」という風潮が強く、医学部の中でも「女性は結婚したらどうせ医師として働かないんだろ」「家事育児をやるのは女性」と男性からは言われるような状況でした。
そんな男性メインの中で、産婦人科は「女性であることがプラスになる」、その時考えられる唯一の科だったんですよ。
―たしかに、他の外科系や内科系の診療科と比べると、産婦人科は女性の医師の方が安心される患者さんが多そうですよね
そうなんです。ただ、昔は女医自体が珍しかったので、白衣で歩いていても看護師や他の医療職に間違われたり、回診の際も「私の主治医はいつ来るんですか?」「私が主治医ですけど!」みたいなことはよくありました(笑)
産婦人科を選んだもう一つ大きな理由は、「おめでとう!」と言える素敵な科ということなんです。もちろんリスクもあってのことですが、新しい命の誕生に立ち会えることに、他の科にはない魅力を感じました。
いざ開業!丸の内エリアにレディースクリニックがないのはなぜ?
―2011年に東京に来られてから、大学院での研究や非常勤で複数のクリニックでのお仕事を経験されて、2017年にご自身のクリニックを開業されていますよね。
東京に来て割とすぐに子どもができました。その時は大学院で研究をしていて、その後も育児をしながら、非常勤で複数のクリニックのお手伝いをしていました。
いろいろなクリニックをかけ持ちする中で、患者さんからは「同じ先生にずっと見てもらいたい」と言われることがありました。またクリニックごとに方針が違うこともあって、「自分でやりたい医療をしたい」という気持ちが強くなりました。軒下を借りてやるんじゃなくて、自分でやりたいなと。
働く女性が無理なく通えるように、仕事の合間に来れるのがいいなと思って丸の内を選びました。
―丸の内ってオフィス街というイメージが強いのですが、なぜ丸の内に開業しようと思われたのですか?
開業を考えた時、「なぜ丸の内ってレディースクリニックがないんだろう?」って思ったんです。何人かの先生に聞いたら「賃料が高いからじゃない?」と言われ、コンサルタントの人にも「この辺は住人がいないので患者さんは来ないですよ」と言われたりしました。
でも、私だったらわざわざ休みをとって通院するより、仕事の合間に気軽に受診できる環境がいいなと思って選びました。
周囲の意見を無視して丸の内を選んだら婦人科医療の対象となる女性がめっちゃおられたという(笑)
医療従事者の視点で正しい情報を橋渡し
―先生は、クリニックでの診療に加えて、メディア出演やSNSでの情報発信にも力を入れていらっしゃいますよね。情報発信をする上で、どのようなことを意識されていますか?
情報発信を始めるきっかけになったのは、2006年に起きたある事件がきっかけでした。
前置胎盤で妊婦さんが帝王切開中に亡くなってしまい、担当した産婦人科医が逮捕されたというショッキングな事件でした。医療業界には激震が走り、辞めていく人もいるほどでした。
当時は「妊娠・出産は安全で当たり前」という風潮が強く、医療が進歩し、実際に亡くなる方が少なくなったことで、亡くなった原因は医療側にあると思われていたんだと思います。
しかし、本来出産は命がけの行為であり、リスクを伴うものです。 私たち医療従事者が医療を提供しなかったら、命を落としてしまうかもしれない妊婦さんがいることも事実です。
事件を受けて、私は「妊娠・出産は決して安全で当たり前のものなんかじゃない。本来はリスクが高いものなんだ」ということを、世の中に伝えていかなければならないと強く思いました。
自分のブログで発信を始めると、それが大きな反響を呼び、書籍化の話やメディアの取材を受けるようになりました。
それからずっと、メディアと医療、そして、医療従事者と一般の人たちの橋渡しをしたいという想いで情報発信を続けています。
―先生のブログやSNSでの発信は、すごく勉強になりますし、メディアで発信される情報とは違った視点での意見がとても参考になります。
医療従事者の間では常識だと思われていることが、一般の人には全く知られていないということは、往々にしてあります。
医療従事者の視点で、正しい知識や情報をわかりやすく伝えていくことが、私の使命だと思っています。
上から目線ではなく、寄り添う医療を
―宋先生のクリニックは、患者さんがリラックスして過ごせるような、とても温かい雰囲気だと評判ですが、診察をする上で、どのようなことを心がけていますか?
私が一番嫌なのは、上から目線の医療です。
古い体質の医者や助産師にありがちなのですが、「妊婦なんだから、〇〇するべきだ」「〇〇はダメだ」と、頭ごなしに指導する人がいるんです。たとえば「妊娠中は体を冷やすな」とか。
もちろん、医学的な根拠に基づいた指導もたくさんあるのですが、「本当にそれは根拠があるの?」と疑問に思うようなものまで、患者さんに押し付けるのは違うと思うんです。
患者さんはそれぞれ、自分自身の体や健康について選択する権利があります。
私たち医療従事者は、患者さんがその権利を正しく行使できるよう、正しい知識と情報を提供し、サポートしていく存在であるべきです。
特に産婦人科は、女性の体にまつわるデリケートな悩みを抱えている患者さんが多く来院されます。「こんなことで行ってもいいのかな…」と悩まずに、どんなことでも気軽に相談してもらえるような、安心できる関係性を築くことを大切にしています。
産後、母乳神話に苦しんだ日々
―先生ご自身は、妊娠・出産・育児を通して、どのようなことで悩んだり、不安に感じたりしましたか?
実は私、1,000人以上の出産に立ち会ってきた産婦人科医でありながら、自分の育児に関しては、すごく悩んだことがありました。
そのひとつが「母乳」です。一人目の出産後、母乳がなかなか出なくて苦労しました。
それまで私は、産後のお母さんに対して「母乳でも粉ミルクでも、赤ちゃんが元気に育ったらどっちでもいいよ。お母さんが楽な方でいいよ」と、気軽に言っていました。
でも、いざ自分が母親になってみると「母乳が出ない…」という現実と、調べても正しい情報がどこにもないという状況に直面しました。母乳育児に関する情報は、「母乳は素晴らしい!」という情報か、「母乳も粉ミルクも全く同じ!」という情報かのどちらかで、偏った情報しかないんですよね。
さらに、母乳育児がつらいと発信すると、母乳派の方から反発のコメントがきて、落ち込んで産後うつ状態になったり。今思い返すと産後の私は、心身ともに様子がおかしくなっていたなと思います。
―たしかに、育児に関する情報は、とかく「こうあるべき」論に偏りがちですよね。
母乳以外にも、イヤイヤ期が本当に大変で、とブログに書いたら「うちの子も大変で…」と共感してくれる人もいましたが、「うちの子はそこまでじゃない」という反応も多くて、うちの子ってちょっと変なのかな?みんな、ここまで子育てで苦労してないのかな?と不安になってしまうこともありました。
「育て方が悪いから」「仕事してるから」とか、いろいろ言われて、全部私のせい?って思ったこともあります(笑)
「子育てはこうだよね」という共通解がない中、周囲の声や流れてくる情報にこんなに影響されてしまうんだなと身をもって知りました。
2人の子供を育てる中で改めて実感するのは、生まれ持った個性や能力は本当に十人十色だということ。親だって、それぞれ違う背景や個性を持った一人の人間です。
「子育て」に、決まった正解や法則はなくて、何か一つの要因だけで、子どもの育ち方や性格が決まるわけでもありません。それぞれの個性を持った子供たちと、それぞれの個性を持った親たち。違うことが当たり前です。だからこそ、子育ては多様で複雑なものなのだと思います。
これが正解、これはダメと言ったような、同じ属性やグループに単純に分けられるものではないですよね。
まわりと比べず、今、自分にできることを大切に!
―最後に、今、まさに育児に奮闘している方に向けて、メッセージをお願いします。
私は周囲から見ると、医師として仕事もして、メディアにも出て、子育てもして、と ”スーパーウーマン” みたいに見られることもありますが、現実はこの20年間、悩んで、苦しんで、もがいてきました。
「家族が欲しい」「いい学校に入れたい」「こう育てたい」など、みなさん色々思うことはあると思いますが、それを全て手に入れたからと言って、必ずしも完璧な人生で、幸せとは限らないと思います。
人生はすごろくのように、一つの道を進んでゴールが決まっているわけではなく、その場その場で、自分の力の及ぶところと及ばないところを見極めながら、それぞれの状況で幸せを見つけていくのだと思います。
何かを持っているか持っていないかで決まるほど人生は単純ではなく、子育てや家族以外でも幸せを感じることはたくさんあります。
子供を産むか産まないか、何人産むか、どう育てるかなど、すべて個人が選択できることで「こうあるべき」という正解はありません。ないもの、持っていないものにこだわり過ぎず、「これさえあれば」と思わないことが大切かなと思います。
一人の時間、おいしいコーヒーでリフレッシュ
ー最後に、宋先生のリフレッシュ方法を教えてください!
一人の時間をすごく大事にしています。
カフェで一人、コーヒーやお茶を飲む時間でリフレッシュしていますね。もちろん、なかなか時間を取れないことも多いのですが、少しでも時間ができると一人でリフレッシュしています。気持ちの切り替え、大切ですよね。
(取材:2024年9月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。