不妊に悩むご夫婦の第3のパートナーとしてお手伝いがしたい【医師 菊地 盤】
目次
”生と性”、「正しく知ること」の重要性を伝えたい
ー先生が不妊治療や生殖医療に携わることになったきっかけを教えてください。
実は、もともと産婦人科医を目指していたわけではなかったんです。
大学卒業後はリハビリテーション科に進みました。リハビリテーションってラテン語のリハビリス(Rehabilis)が語源で、「人権の復興」という意味があり、とてもやりがいのある仕事でした。
リハビリテーション科で1年半勤務する中で、今後の進路について考える機会があり、母校の教授に声をかけていただき産婦人科医として新たなスタートを切ることになりました。
同期の医師たちは既に2年近く経験を積んでいる中での遅れは大きく、苦労もありましたが、様々な病院での臨床経験を通して研鑽を積み、特に腹腔鏡手術と不妊治療に精力的に取り組む先生の元で多くのことを学びました。
順天堂大学浦安病院に在籍していた時には、市と共同で卵子凍結プロジェクトにも取り組みました。卵子凍結のニーズの把握や、「妊娠・出産できる年齢には限界がある」ことへの啓蒙・啓発を期待する取り組みでした。
生殖医療の領域に関わる中で、患者さんや医療従事者の“性”についての知識不足を痛感しています。この性に対する理解の遅れが、少子化のひとつの要因なのではないかと考えるようになりました。
ー性に関する話題、いわゆる性教育は、必要性を感じる風潮はあるものの、なかなか広がらない印象があります
そうですね、包括的性教育に関して「もっと情報発信を」と取り組んでいる方もいらっしゃいますが、日本では「性」という言葉に対する抵抗感から、なかなかうまくいっていないのが現状だと思います。
性教育を押し付けること自体に抵抗する人たちもいらっしゃるんですよね。理由や背景は様々ですが、古い考え方や宗教観が影響していることもあります。
しかし、妊娠が年齢と共に難しくなるという事実は、個々の価値観とは関係なく、自然科学的な事実です。この事実を知らないままライフプランを考えることは、特に女性にとって不利になります。
性交渉やジェンダーなど、包括的な性教育に抵抗がある人もいるでしょう。もちろん、そうした多様な意見を尊重し、議論を続けることも重要です。
ただ少なくとも「妊娠する能力には限界がある」という事実だけは伝えるべきだと強く思っています。現状では、必要な情報が当事者に届いていないため、「時すでに遅し」で知ることになり、後悔するケースが多いと感じています。
まずは妊娠に対する正しい知識を、当たり前の知識として教えるべきです。人生や生きるという意味の「生」の観点からも、「性」について正しく知ることの大切さを広めていくべきだと考えています。
患者さんが最善の選択をできるようサポート
ー患者さんへの向き合いや診療の中で心がけていることを教えてください
不妊治療は残念ながら、医学をもってしても必ずしも成功するとは限らない難しさがあります。年齢や体質など個人差が大きく、ある程度の治療効果を見込める人もいれば、体外受精を試みても結果が出ない人もいます。
医師としては、患者さんご夫婦が治療の成果や現実をしっかりと受け止め、納得した上で、治療を続けるのか、別の道を選ぶのかまでをサポートすることが大事だと思っています。
ーホームページに書いておられる「第3のパートナー」という言葉が印象的でした
不妊治療は、医師だけで行うものではありません。患者さんご夫婦と我々専門家チームが三位一体となって、治療を進めていくことが大切だと考えています。
患者さんには、ご自身の体のこと、治療のこと、そして将来のことについて、しっかりと理解した上で治療を受けてほしいです。そのためにも、医師は患者さんにとって、単なる治療者ではなく、人生の選択をサポートするパートナー的な存在であるべきだと考えています。
ー日々の診療の中でどのような時にやりがいを感じますか
やりがいはもちろんありますが、あまりそこを強く意識したことはないですね。
治療が成功して患者さんが妊娠されたときはうれしい気持ちになりますが、その逆もあるのが不妊治療です。結果に振り回されず、あくまでもフラットに見るというのが大事だと思っています。
「進路を決めるのは風ではなく、帆の向きである」
ー良い結果も残念な結果も伴う日々の中で、仕事を続けるモチベーションはどのように保たれているのでしょうか
そうですね…患者さんがその選択、その人生で良かったと思えるように全力でサポートしたいという想いでしょうか。
というのも、私自身が産婦人科医としてキャリアを積んでいく中で、「医師としてのキャリア」と「自分の人生」について深く考える機会がありました。
周りの医師が若くして亡くなっていくのを目の当たりにしたことです。私を指導してくれた先生方、同僚の医師たち、先輩・後輩を含めて、次々と先立たれてしまうことが続きました。みんな仕事熱心で優秀な医師ばかりでした。
亡くなっていく恩師や同僚たちの生き方を見て、自分が「どうありたいのか」を深く考えるようになりましたね。
大学に残り、教授を目指す道も選択肢としてありましたが、現在在籍しているメディカルパークグループの一員となり、患者さんにより近いところで自分の技術を活かす道を選びました。
人生は予期せぬできごとや変化に満ちています。私自身、最期のときに、その人生で良かったと思えるかどうかを常に自問自答しながら選択していくことが大事だと思っています。
私はいつも、エラ・ウィーラー・ウィルコックスの「運命の風」という詩の一節を借りて「人生は風向きではなく、帆の向きで決まる」とお伝えしています。「風」のようにコントロールできない変化に翻弄されるのではなく、「帆の向き」を自分で決めること。つまり自分のスタンス、考え方次第で、どんな状況もプラスに変えられると信じています。
今のところの私のモチベーションは、自分で選んだ道を進みながら、亡くなった先生方よりは長生きをする、というところかなと思っています。
「自分で選んで決める」ことが重要。納得のいく選択をするために知ることからはじめましょう
ー妊活・不妊治療に取り組む方へメッセージをお願いします
不妊治療は患者さん一人ひとり、置かれている状況や治療の段階が異なり、誰にでも当てはまる言葉を見つけることは難しいですね。
しかし、どんな状況であっても、まずは 現在通院している医師としっかりと話し合い、疑問や不安を解消し、納得した上で治療を進めていくことが大切です。
専門家にしっかり聞いて、その中から「自分が選んでいくこと」が大事です。
もし、どうしても納得できない場合は、セカンドオピニオンも視野に入れ、ご夫婦でよく相談し、ご自身にとって最善の選択をしてください。
ー最後に、菊地先生のリフレッシュ方法を教えてください
妻と愛犬と2人と1匹でドライブに行くことです。
まとまった休みは取りにくいのであまり遠出はしませんが、運転をしていると気持ちがリフレッシュしますね。
(取材:2024年9月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。