不妊治療の緊張や不安を和らげて、「話しやすい」「分かってもらえた」という安心感を【医師 吉井 紀子】

目次
産婦人科と生殖医療、積み重ねてきた実績をもとに質の高い医療を提供
―吉井先生が産婦人科医を志したきっかけを教えてください
高校生の頃から「人の役に立てるような仕事がしたい」「誰かに喜んでもらえる仕事に就きたい」という思いがあり、やりがいを感じながら長く続けられる職業として、医師を志しました。
医学部入学後もしばらくは専門を絞れずにいましたが、6年生の臨床実習で産婦人科に出会ったことが大きな転機になりました。
実習先の病院では、指導医が外来、手術、分娩と本当に多忙にされていましたが、その姿はとてもいきいきとして魅力的でした。分娩に立ち会ったときの感動も大きく、「人生の1ページに立ち会える仕事」だと実感したのを覚えています。
また、産婦人科の妊娠・出産だけでなく、思春期から更年期まで女性の一生に寄り添える幅広さにも魅力を感じましたね。この実習の経験がきっかけとなり、産婦人科を選ぶことを決めました。
―不妊治療や生殖医療に携わるようになったのはどのような経緯からでしょうか
今となっては生殖医療を専門にして、そればかりを手がけるようになりましたが、最初から生殖医療だけを志していたわけではありませんでした。
大学卒業後は、慶應義塾大学病院とその関連病院で、産婦人科全般の治療に携わってきました。産婦人科は診療の幅がとても広くて、がん治療や手術もあれば不妊治療もあり、お産もあります。ただ、医療全体が専門分化していく中で、自分自身も次第に「何でも広く浅く診る産婦人科医」ではなく、専門性をもって診療したいと思うようになっていきました。
そんな中で大学に戻り、生殖に関わる研究室に入りました。当時はまだ、生殖医療が現在のように一般的に行われている時代ではなく、体外受精もようやく大学病院など一部の医療機関で始まりだした頃でした。大学の研究室といった先進的な環境で研究に携わる中で、徐々に「自分がやりたいのはこの道だ」と感じるようになり、不妊治療に本格的に向き合っていくようになりました。

(https://www.megumi-cl.info/)
―不妊治療専門のクリニックでも長くご勤務されていますよね。そこに至る思いや転機があれば、ぜひ教えてください
大学病院で勤務するという選択肢ももちろんありましたが、生殖医療を深めていくには、大学病院よりもプライベートクリニックの方が自由度が高く、新しい治療法や薬を積極的に取り入れられるという利点があります。
大学では一つの新しい薬を使うにも時間がかかりますし、保険適用外の薬の使用にも制約が多く、当時の不妊治療のような自費診療中心の分野では、その制限がネックになることも多くありました。
その一方で、プライベートクリニック(不妊治療専門のクリニック)では、自由診療という特性を活かして、最新の治療や薬の導入が比較的柔軟にできる環境がありました。そんな環境で経験を積み、生殖医療に本格的に取り組みたいと考えました。
それまでに産婦人科医として10年近く、さまざまな診療に携わってきました。その中で、病気の存在を見逃さない臨床的な勘や、症状から診断を組み立てる力といった基礎はしっかりと身につけられたと思います。その土台があったからこそ、生殖医療に特化していく決心がついたのだと思います。
アットホームで安心できるクリニックでありたい
―患者さんと向き合う際に心がけていること、大切にしていることはありますか
私たちとしては、とにかく通院によるストレスを少しでも軽減したい、イヤな気持ちをなるべく持たずに来ていただきたいという思いで、リラックスして通っていただけるような環境づくりに力を入れてきました。できることなら、「通院が苦にならない」「むしろ楽しい」と思ってもらえるくらいの雰囲気づくりを目指しています。
特に保険適用が始まる以前は、不妊治療のクリニックを受診される方は、かなり悩んだ末にいらっしゃる方が多かった印象があります。婦人科に行くこと自体にハードルを感じる方も多かったですし、「不妊治療をしている」と人に言うことへの抵抗感も強く、周囲に知られないように気を使いながら、緊張した面持ちで来院される方もいらっしゃいました。
最近では、不妊治療や体外受精を経て妊娠される方が増えたことに加え、保険適用になったことで、治療そのもののハードルがぐっと下がったと感じています。治療を受けることが「特別なこと」という意識が薄れてきて、「あの人もやっていたから」「友人が通っていたから自分も」といったように、周囲の体験をきっかけに来院される方も増えています。
社会全体の空気として、不妊治療に対する心理的な壁が確実に下がってきているなと実感しています。

―保険適用によって、患者さんの気持ちや意識も変わってきているのですね
そうですね。金銭的な面でも、保険適用によって患者さんの負担が軽減され、治療に取り組みやすい環境になったと感じています。
保険適用前は、特に体外受精にかかる費用が高額で、治療の回数を重ねるごとに金銭的な負担が大きくなっていました。妊娠に至らなかった場合には、結果そのもののショックに加え、今後の治療を続けられるかという不安も重なり、二重のつらさを抱える患者さんもいらっしゃいました。
保険適用が始まったことで、以前よりも金銭的な理由で治療をあきらめたり、思い詰めたりする姿を見ることは減ってきたように思います。一方で、結果に対する患者さんの思いや、そこに向き合う姿勢は今も変わりません。
こうした中で私が大切にしているのは、たとえ思うような結果が出なかったとしても、患者さんが次に向けて前向きに治療を続けられるような提案をすることです。
もう一度挑戦してみようと思えるような希望を持っていただくには、治療の道筋を明確にし、「これならうまくいくかもしれない」と感じていただける見通しを示すことが必要だと考えています。そのために、一度の診察や治療に込める思いを患者さんと共有しながら、最善のご提案をすることが医師としての私の務めだと感じています。
また、当たり前のことではありますが、私たちは医療機関として、しっかりと妊娠成績を出すことを何よりも大切にしています。当院では、これまで高い妊娠率を維持しており、その成果を支えるために日々の努力を惜しまずに続けています。
医師やスタッフ全員で技術の研鑽を重ね、最新の国内外からの報告には常にアンテナを張っています。医師と培養士での定期的な抄読会やスタッフ全員での院内勉強会も定期的に開催しています。こうした積み重ねを通じて、常に治療の質を高め、患者さんにとってより良い選択肢を提供できるよう努めています。


患者さんもスタッフも、どちらの人生も大切に考える
―クリニックでは、スタッフが全員女性だそうですね。何かこだわりがあるのでしょうか
こだわりというよりも、先ほどもお話しした通り、もともとは患者さんが少しでもリラックスして受診しやすくなるように、という思いからですね。
婦人科にかかること自体にハードルを感じる方もいらっしゃいますし、男性の医師に対して抵抗感があるという声もよく聞かれます。不妊治療においては、医師だけでなく、看護師や胚培養士などさまざまなスタッフが関わります。全体として女性スタッフで構成されていることで、少しでも安心していただけるのではと考えました。
もちろん、男性の医師や培養士にも熱心で優れた方がたくさんいらっしゃいますし、私自身も尊敬している先生方は多くいます。ただ、患者さんの立場に立つと、やはり女性同士の方が「なんとなく話しやすい」「ちょっとしたことでも相談しやすい」と安心してお話しいただきやすいのではないかなと感じています。
また、当院で女性スタッフが中心となって対応しているのには、もう一つ大きな理由があります。少し話が逸れるかもしれませんが、私は患者さんの人生を支えると同時に、スタッフ一人ひとりの人生も大切にしていきたいと強く思っています。
当院には、様々なライフステージや家庭との両立をしながら働いているスタッフも多くいます。環境や状況の変化を機に働き方を大きく変えたり、やむを得ず職場を離れるのではなく、ライフスタイルが変わってもこれまでの経験を活かしながら、一緒にキャリアを積んでいける、そんな環境が理想だと考えています。
患者さんに安心して診察を受けていただけること、そしてスタッフが働きやすく力を発揮できること。その両方を大切にしていきたいと考えています。

―この仕事をしていて、やりがいを感じるのはどんな時ですか
患者さんが無事に妊娠され治療を卒業されていくときには、ほっと安心すると同時に大きな喜びを感じます。「ここに通ってよかったです」とか「ここだったから通い続けることができました」といったお言葉をいただけると、本当にありがたく嬉しく思います。
出産されたあとにお手紙をくださったり、お子さんを連れて会いに来てくださる方もいらっしゃいます。長く通ってくださっていた患者さんが、ママとしての姿を見せてくださることに、毎回とても感激しています。
みなさん、本当に雰囲気が変わり、優しさや強さがにじみ出るような、すっかり“ママの顔”になっていますね。その幸せそうな表情を見るたびに、「妊娠・出産は、人生の中でも本当に素晴らしい一大イベントなんだな」と、あらためて感じます。
そうした感動が、私自身の原動力にもなっていて、「またがんばろう」と前向きな気持ちになれます。そして常に、新鮮な気持ちで患者さんと向き合うことができているのだと思います。
初診前の丁寧な事前問診でお一人おひとりとしっかりと向き合い誠意ある診療を
―患者さんはどのようなきっかけで受診されるのでしょうか
全体としては、「何も分からないので、まずは一から教えてほしい」というスタートの方が比較的多い印象ですね。
初めて不妊治療に臨まれる方からは、「知識がないのでいろいろ教えてほしい」「どのように治療を進めていけばいいのか分からない」といったお声をいただくことも多くあります。「これからすぐに治療を始めたい」と目的がはっきりしている方もいれば、「不妊なのかどうかも分からないけれど、検査だけでも受けておきたい」という方、「他院で人工授精まで進み、体外受精をすすめられたので相談に来た」という方など、受診される目的やご要望は本当にさまざまです。
そのため、患者さんがどのようなご希望をお持ちで当院を受診されたのかをしっかり把握することがとても大切だと考えていて、まずは患者さんのお話を丁寧に伺うことを心がけています。


「バンビハウス」で託児サービスを提供
当院の大きな特徴のひとつに、初診前の「事前問診」があります。初診の前に、患者さんのご要望やご状況を医師が把握したうえで診察に臨めるような仕組みになっています。
事前問診には、Webでの問診と看護師による問診の二つがあり、かなり詳しくお話を伺っています。内容としては、不妊治療を検討されるに至った経緯、現在のお悩み、ご結婚後どのくらい避妊をされていたか、お子さんを意識されるようになった時期などに加えて、少し踏み込んだ内容では、性行為の頻度、ご夫婦それぞれの治療に対するご希望、またその温度差などについてもお聞きしています。
患者さんの中には、「医師の時間を取りすぎてはいけないのでは」と気を遣われて言いたいことを言えなかったり、初診の段階で家庭のことをすべて話すのは難しいと感じたりする方もいらっしゃいます。
事前問診をおこない、初診の時点で患者さん一人ひとりの想いや背景をある程度把握できていると、「自分のことを分かってもらえている」という安心感のもとでお話しいただけると感じています。
早いスタートが肝心、何となくでも子どもを意識したら気軽に受診を
―妊活を始める方、不妊治療をしている方へメッセージをお願いします
知識がなくても、不妊かどうかにかかわらず、「ファミリープランの相談」という気持ちでぜひ一度専門の施設に相談していただきたいですね。
特に将来的にお子さん持ちたいと考えていらっしゃる方であれば、少しでも早い段階で専門的な話を聞いておくことが、長い目で見たときに大切な“スタート”になります。
受診される患者さんの中には、一人目をご出産されたあとに、「やっぱり二人目が欲しい」と思われる方も多く、妊活や治療の期間は思っている以上に長くなることもあります。 「まだ考えがはっきりしていない」「今は話だけ聞いてみたい」という段階でも、どうぞお気軽にご相談ください。

どうぞお気軽にご相談ください
友人や家族、愛犬との時間がリフレッシュ
―リフレッシュ方法を教えてください
友人と会ってわいわい話す時間や、家族と過ごす時間がリフレッシュになっています。愛犬と過ごす時間は特に癒されますね。
正直に言うと、私は仕事とプライベートをきっちり切り分けて気持ちをリセットするのがあまり得意なタイプではありません。たとえば、結果が思うようにいかなかった場合や、治療の方針を考えるときなどは、帰宅後も「次はこうしてみようかな」とイメージトレーニングをしたり、つい頭の中で繰り返し考え続けてしまいます。昔からそういうところがあって、もはやこれが自分のスタイルだと思っています。
良い意味で“思いを引きずる”ことで、患者さんにとってより良い治療を探る力になっていると感じることもあります。
夢にまで出てきて、「患者さんご本人よりも私のほうがその方のことを考えているかも」と思うこともあります。ただ、患者さんからも「先生が昨日夢に出てきました」と言われることもあって、お互いにそれだけ真剣に治療に向き合っているということかもしれませんね。
(取材:2025年4月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。