不妊治療は「わがままでいい!」専門家として性と生殖の正しい知識を広めたい【胚培養士 川口 優太郎】

妊活・不妊
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胚培養士 川口 優太郎氏

川口 優太郎

Reproductive Embryologist
医療法人社団 鳳凰会 フェニックス アート クリニック(東京都渋谷区)培養室統括室長

埼玉医科大学を卒業後、総合病院勤務を経て、国際基督教大学(ICU)大学院博士前期課程へと進学。アーツ・サイエンス研究科にて生命科学を学ぶ(理学修士)。

大学院修了後は、加藤レディスクリニック(新宿区)に勤務し、同クリニックの系列病院となった中国上海永遠幸婦科医院生殖医学センターへと出向。施設の新規開院に携わるとともに、現地スタッフの育成・指導や培養室の運営などを行う。

2020年、リプロダクティブサポートファーム東京を創設し、生殖医療専門のコンサルティング業を開業。不妊治療専門施設の新規開業支援や、胚培養士への技術指導などを行う。

2022年に、胚培養士として史上初めてJCI JAPAN TOYPで『総務大臣奨励賞』を受賞したほか、アジア太平洋生殖医学会(ASPIRE 2024)でポスター部門『優秀発表賞』受賞するなど受賞歴も多数。

胚培養士を目指したきっかけは、大学時代のオーストラリア留学

―川口さんが胚培養士になろうとお考えになったきっかけや、これまでのご経歴について教えてください

出身大学は検査技師を育成する学科だったのですが、在学中にオーストラリア・メルボルンのモナッシュ大学に留学したことが胚培養士を目指すきっかけになっています。

オーストラリアに留学中、モナッシュIVF(Monash IVF:不妊研究及び治療センター)という、世界で初めて体外受精による妊娠症例を報告した歴史ある施設を見学させてもらったんです。

そこで初めて「胚培養士」という仕事を知り、「人の手で人を作る」という技術への衝撃と興味が、胚培養士を目指すきっかけになりました。

その後、大学院に進学して2年間生命科学を学び、不妊治療・体外受精専門のクリニックに入職し、胚培養士としてのキャリアを本格的にスタートさせました。

僕が入職した2010年頃は、体外受精で生まれた子どもはまだ珍しく、30~40人に1人とか程度でした。『体外受精』という言葉を知っていても、実際にどのような治療が行われているかまでは、一般にあまり知られていませんでしたね。

最初に勤務したクリニックは、生殖医療業界では日本最大手のクリニックで、年間何万件という数の採卵が行われており、一般的な不妊クリニックが1ヶ月でこなすような件数を、たった1日で毎日こなしていました。
特殊な症例や、なかなか妊娠に至らない患者さまの治療にも多く携わることができたので、今の仕事にもそれが生きているなと日々実感しています。

学会発表など実績も多数
アジア太平洋生殖医学会(ASPIRE 2024)でポスター部門『優秀発表賞』受賞

卵子の採取からお腹に戻すまで 胚培養士が担う重要な役割

―「胚培養士」のお仕事について、もう少し詳しく教えていただけますか

胚培養士の仕事は、一言で言えば「卵子の採取から受精、そしてお腹の中に戻すまで」に関わることです。具体的には、採卵・検卵→精子調整→媒精→培養→胚移植を行っています。

1. 採卵・検卵:医師が採取した卵胞液から、顕微鏡を用いて直径約100μm(0.1mm)の卵子を見つけ出す。

2. 精子調整:採取した精子の中から、運動性や形態の優れた質の高い精子を選別する。

3. 媒精:選別した精子と卵子を受精させる。受精の方法は以下の2種類。
・体外受精: シャーレ上で卵子に精子をふりかける方法。
・顕微授精: 顕微鏡下で卵子に直接精子を注入する方法。

4. 培養:受精卵を培養液が入った特別な容器に移し、インキュベーター内で適切な温度・湿度・気層環境で管理する。この間、胚は細胞分裂を繰り返しながら成長していく。

5. 胚移植:胚盤胞(子宮に着床できる状態になった受精卵)まで培養し、患者さんのお腹の中に戻す。患者さんの状態によっては、一度凍結保存を行い、後日胚移植を行う。

“生産率 1%”を知らずに治療を始める人も。技術指導や情報発信にも注力

―現在は、培養室室長としてだけでなく、他のクリニックのサポートや若手育成など、幅広く活躍されているそうですね

胚培養士として、新しいクリニックの開業サポートや、福島県や栃木県、静岡県など地方の病院で人手不足に悩んでいるクリニックに、育成・指導や技術的なサポートなども行っています。

少人数で運営しているクリニックでは、どうしても日々の業務に追われてしまい、若手育成にまで手が回らないという状況です。そこで、僕が培ってきた技術や知識を共有することで、少しでも多くのクリニックのサポートができればと考えています。

また、セミナーや講演会などを通して、妊活や不妊治療に関する情報発信にも力を入れています。

不妊治療やプレコンセプションケアに関する情報発信に注力されているのですね!情報発信の狙いや想いをお聞かせください

大学院時代に、海外研修でタイやマレーシアを訪れる機会があったのですが、そうした経験から日本の生殖医療領域の“遅れ”を痛感したことがきっかけです。
発展途上国だと思っていた国の方が、凍結技術や卵子提供、着床前診断などの分野では日本よりも進んでおり、すでにビジネスとしても成り立っている項目がいくつもありました。

また、2013年にヨーロッパ生殖医学会が出している学術誌「Human Reproduction」に掲載された、国別の生殖・妊娠・出産に関する知識量の調査では、日本が先進国の中で最下位だったというデータもあり、さらには、日本が発展途上国の平均値よりも低いという結果に正直かなり驚きました。

実際臨床で働く中でも、日本には、正しい知識がないままに自己流で妊活を行ってしまい、妊娠の機会を逃してしまっているケースが多く存在しているのではないかと感じています。

―実際に、クリニックにはどのような方が来られますか?

そもそも正しいタイミングや方法で性交渉できていないご夫婦や、40代も半ばを過ぎてから初めて不妊治療のクリニックを訪れ「治療すれば妊娠できると思って来ました」と希望に満ちあふれた方など、様々な経緯や背景を持った患者さまがいらっしゃいます。

例えば、日本産科婦人科学会が報告しているARTデータブックによれば、45歳以上の生産率(※胚移植あたりの出産に辿り着く確率)は1.2%以下。採卵ー新鮮胚移植の治療周期では、43歳以上で一周期あたり生産率0.3%以下と非常に低いデータが示されています。
それにも関わらず、そういった現実を知らずに、あるいは向き合わずに高額な費用や時間をかけて治療を受けている方もいます。

もちろん、年齢や状況に関わらず、子どもを望む気持ちは尊重されるべきです。しかしながら、「治療さえすれば妊娠できるだろう」という間違った認識ではなく、ご自身の妊娠の可能性や治療の限界、費用、時間など、正しい知識を持った上で治療に臨んでほしいと思っています。

いきなりクリニックに行くのはハードルが高いかもしれませんが、Web上で記事を読んだり、オンラインでセミナーを受けることで、正しい知識を得る、自分の認識の誤りに気づくきっかけになればと思い情報を発信し続けています。

―胚培養士として働く中で、やりがいを感じるのはどんな時ですか?

やはり、患者さまから「無事に出産しました」という報告を受けた時が、一番うれしいですし、やりがいを感じます。

大手のクリニックで勤務していた頃は、患者さまの数が非常に多く、なかなか一人ひとりの方と深く関わることはできませんでした。それでも、出産報告のはがきが届くとうれしかったり、過去には、僕が不妊治療クリニックの新規開業のお仕事で別の施設に移った際にわざわざ会いに来てくれたご夫婦も何組かいらっしゃいました。
また、僕が今まで携わって来た患者さまの中には、芸能やスポーツなどメディアで活躍されている患者さまも多くいらっしゃり、ご出産されたニュースなどを目にすると陰ながら「よかったな」と思っています。

もちろん、すべての治療がうまくいくわけではありません。治療がうまくいかずに、患者さまが転院を決めたり、治療を諦めたりせざるを得ないケースもあります。

胚培養士という立場上、患者さまと直接関わる時間はそう多くありません。それでも、患者さま一人ひとりの人生にとって、妊娠・出産がどれだけ大きな意味を持つのかを常に意識し、日々仕事に取り組んでいます。

―妊活や不妊治療に関して、どのような悩みを抱えている方が多いですか?

「パートナーが非協力的で困っている」という相談を受けることがとても多いです。

ご夫婦の問題なので、僕からとやかく言うことはほとんどなくて、「お二人でしっかり話し合われた方がいいですよ」とだけお伝えしています。

妊活・不妊治療は、ご夫婦二人で協力して進めていくものです。まずは、ご夫婦でしっかりと話し合い、「本当に子どもが欲しいのか」「いつまでに欲しいのか」「そのためにはどんな方法があるのか」など、ご夫婦二人の想いが共通であればお互いに協力は惜しまないはずですので、家族計画についてしっかりと話し合うことが大切だと考えています。

そのほかには「サプリメントや東洋医学など、様々な情報がありすぎて、何が良いのか分からない」という声もよく聞きます。

もちろん、リフレッシュやリラックスのために、ヨガやハーブティー、鍼灸などを試してみるのも良いと思います。
しかし、なかには科学的なエビデンスのまったく無い施術で『不妊を治す』などと謳っているものもあったりするので、妊娠ができるという過度な期待は禁物ですよとお伝えしています。

大切なのは「自分たちで考えて、決断すること」

―妊活を始める方、あるいは不妊治療に悩んでいる方に向けて、メッセージをお願いします。

妊活・不妊治療は、精神的にも肉体的にも、そして金銭的にも負担の大きいものです。

「分からないから、先生に全部お任せします」という方も多いのですが、治療を受けるのは他の誰でもなく患者さま自身です。そして、親になるわけですから、将来的には生まれてくる子どもの人生にも関わる大切なことです。

僕たちとしては、ご夫婦で積極的に治療に“参加”してほしいと思っています。要は、めっちゃわがままでもいいんです。それだけご自身のこと、お子さんのことを真剣に考えているということなので。僕たちはそういった“想い”をしっかりと受け止めます。

まずは、正しい知識を身につけること。セミナーや、専門家が発信する情報をしっかり活用してください。

そして、医師や看護師、胚培養士などの専門家と相談しながら、自分たちの状況や希望に合った治療方法を選択していくことが大切です。

そのためにも、繰り返しになりますが、ご夫婦で「子どもが欲しいのか」「いつまでに欲しいのか」「治療にどれくらいの費用や時間をかけることができるのか」など、ライフプランニング・ファミリープランニングをしっかりと話し合い、納得した上で治療に臨んでほしいと思います。

神社仏閣巡りでリフレッシュ

―川口さんはモヤモヤした時や、気分転換したい時は、どのようにリフレッシュしていますか

お昼休みに、音楽やラジオを聞きながら軽くランニングをすることが多いですね。
勤務しているクリニックの近くには国立競技場があるので、一周走ったりしています。
また、自然の中で過ごすのも好きで、クリニックの裏手にある明治神宮内など緑豊かな場所を散歩するのもリフレッシュになりますね。

あとは、神社仏閣に行くのも好きです。特に妊活やお産にご利益があるような神社を巡っては、「仕事がうまくいきますように」と真剣にお願いしたりしています(笑)

最近だと、亀戸天神社がよかったですね。
もともと僕が、映画『男はつらいよ』シリーズが好きで、亀戸天神社は撮影地になっていたこともあって前々から気になっていた場所でした。
亀戸天神社は、学問の神様として有名な菅原 道真が祀られている神社なのですが、菅原 道真とその妻である島田 宣来子は、生涯で14人もの子宝に恵まれたとのことから、安産や子宝にご利益がある神様としても崇められていて、境内にある「花園社」というお社は妊活・妊娠の祈願で訪れる方も多いようです。

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