「偶然」を楽しみ変化の波に乗る。女性の健康とキャリアが輝くダイバーシティ社会へ【昭和医科大学 有馬 牧子】
アメリカ留学で目の当たりにした「女性医療の最前線」
――先生は現在、「女性の健康とキャリア」や「ダイバーシティ推進」などの分野で教育や研究に携わっておられます。具体的な取り組みについて教えてください
大学では、「医学教育」と「ダイバーシティ&インクルージョン」を軸に、医学生や医師のキャリア形成を支援しています。
医療現場には、いまだに性別役割分担の意識が残っていることがあります。そうした中でも学生たちが自分らしいキャリアを描けるよう、自己効力感を高める教育プログラムの開発や、主体的に学べる臨床実習の環境整備に取り組んでいます。
また、女性の健康、特に更年期症状が仕事に与える影響や啓発活動にも注力しています。目指しているのは、社会全体で多様なライフキャリアを支えられる仕組みづくりです。
――そうした分野に注力されるようになった「原点」となるできごとをお聞かせください
高校時代と大学院時代の米国留学の経験が大きいです。
高校留学中は米国の中西部で過ごしたのですが、医療保険制度が十分ではない環境下でも、地域コミュニティが連携して高齢者を支える姿を目にしました。そこで「医療と社会のつながり」に強い関心を持ち、専門的に学ぶためにボストンの大学院で公衆衛生学(Public Health)を専攻しました。

特に大きな転機となったのは、現地で関わった「ブリガム・アンド・ウィメンズ・ホスピタル(Brigham and Women’s Hospital)」での経験です。そこには、女性のライフステージに応じた情報センターが完備され、多職種が協働して連携するチーム医療が実践されていました。
女性特有の疾患に対する臨床・研究も体系化されており、「日本にも女性の健康に特化した、このような拠点があったらいいな」と強く思ったことが、現在の活動の原動力になっています。
当時そのセンターで配布されていた冊子やチラシは、今でも大切に保管しています。思春期、月経、更年期など、テーマが網羅的に整理され、困ったときの相談先も明示されていました。20年以上も前に作られたとは思えないほど、実用的な内容が盛り込まれていました。
――帰国後から現在に至る経緯と、大切にされている「キャリアの考え方」について教えてください
ボストンからの帰国後は、国内でシンクタンクの研究員となりました。その後、医療系大学のダイバーシティ支援事業に携わる中で、多くの女性医療従事者が「キャリアと家庭の両立」に悩んでいる現実に直面しました。そこで、専門的な支援の必要性を痛感し、キャリア開発についても学ぶようになりました。
私は、キャリアとは「人生そのものの歩み」だと考えています。病気や介護といったライフイベントもその一部ですし、思いがけない偶然の出会いや機会が大きな意味を持つこともあります。
だからこそ学生には、「人生100年時代、焦らず長い目でキャリアを捉えてほしい」と伝えています。予期せぬ変化も受け入れながら、柔軟に挑戦し続ける姿勢を大切にしてほしいですね。

「気づき」を促すための更年期評価尺度とアプリ開発
――現在、先生が特に力を入れて取り組まれている研究について教えてください
私の研究テーマは、女性の健康課題が仕事に与える影響に関することですが、その中でも更年期症状と労働生産性との関連に着目しています。また現在、更年期症状の程度を評価する尺度である「簡略更年期指数(SMI)」の評価方法の研究を進めています。
SMIは、合計点によって「何点以上なら症状が重い」「受診した方がよい」といった症状の程度の目安をスコアで示すものです。患者さんの主観的な症状を数値化するツールとして、これまでも一般的に使われてきましたが、私のチームでは日本医療研究開発機構(AMED)の採択を受け※、軽度な症状や、日々のゆらぎ症状の変化を評価しやすくするためのエビデンスを構築しています。更に、SMIの新しい評価方法をアプリで実装していく仕組みについて提案するとともに、「更年期症状が仕事のパフォーマンス(労働生産性)に具体的にどう影響しているのか」という点も検討しています。
プロジェクトは現在、最終年度を迎えており、データの分析を進めています。
将来的には、この研究成果をアプリに実装し、より手軽にセルフチェックできる環境を作りたいと考えています。「何点以上なら受診の目安になる」「何回測定すれば正確な傾向がわかる」といった具体的なアドバイスを、研究データに基づいて提供できたら良いと思います。女性が日常の中で気軽に自分の体調を把握できる、そんな仕組みへと発展させていきたいですね。
※「簡略更年期指数(SMI)のエビデンス整理と労働生産性との関連に関する研究」:日本医療研究開発機構(AMED) 令和5年度~7年度 「予防・健康づくりの社会実装に向けた研究開発基盤整備事業 ヘルスケア社会実装基盤整備事業」
――その研究の背景には、どのような想いがあるのでしょうか
更年期の不調は、「なんとなく体調が悪いけれど、加齢のせいだから仕方ない」「受診していいかの目安が分からない」と見過ごされがちです。
しかし、日本女性の閉経平均年齢である50歳前後は、今や多くの女性が職場で責任ある立場を任されていたり、家庭でも中心的な役割を担っていたりと、社会にとっても非常に大切な世代です。その方々が元気に活躍し続けるためには、更年期症状を正しく理解し、適切に対処できる仕組みが不可欠だと感じています。
また、更年期のケアは、その時の辛さを和らげるだけではありません。閉経後は女性ホルモン(エストロゲン)の減少により、骨粗鬆症や動脈硬化など様々な疾患リスクが高まります。この時期に自分の体と向き合い、早めにケアを始めることが、将来の健康を守ることにもつながります。
特に、仕事や家庭で忙しい女性ほど、つい自分の不調を後回しにしてしまいがちです。けれども、ご自身を大切にし、必要な時に適切なケアを受けることは、結果として家族や社会全体の幸せにもつながります。
私はこの研究を通じて、「自分をもっと大切にしていいんだ」と、女性たちが自信を持って過ごせるよう背中を押していけたらと願っています。
人生は偶然の連続。変化の波に乗る準備を
――女性の健康を支援する活動の根底には、どのような思いがあるのでしょうか
キャリアというものは、計画通りに進むことばかりではありません。むしろ、さまざまな偶然の出会いやできごとによって形づくられていくものです。大切なのは、その「偶然の波」が来たときに、しっかり乗れるように準備しておくことだと思っています。
体調の変化もその一つです。例えば、女性ホルモンの波は、キャリアや人生に大きな影響を与えます。自分の体の変化について正しい知識を持ち、「いつかこういう時期が来るかもしれない」と知っておくだけで、心の準備ができますよね。
日頃から自分をケアするための引き出しを一つでも多く持っておくこと。それが、変化の波を乗りこなし、自分らしい人生を歩む力になるはずです。

――読者へのメッセージをお願いします
女性の健康問題は、単に個人の問題ではなく、社会全体の多様性(ダイバーシティ)に関わる重要なテーマです。体調が悪い時があっても、ライフイベントがあっても、その人らしい働き方を選べる社会であってほしい。更年期の問題も、そうした大きな枠組みの中で捉えるべきだと考えています。
最近では男性の更年期も注目されていますが、性別に関係なく、誰もが自分の健康と向き合い、尊重される環境づくりが不可欠です。
もし今、何かしらの不調を感じていたら、決して一人で抱え込まないでください。家族や友人、専門家など、周りの人をぜひ頼ってほしいと思います。
人生にはさまざまな波がありますが、正しい知識とセルフケア、周囲のサポート、医療への受診・相談があれば、必ず乗り越えられます。ライフイベントに左右されることなく、誰もが自分らしく活躍していけるよう、前向きに歩んでいただけたらうれしいです。
お気に入りの神社を参拝する時間がリフレッシュに
――先生ご自身は、どのようにリフレッシュされていますか
私のリフレッシュ方法は、神社に参拝することです。神社を訪れて呼吸を整えると、心が晴れやかになります。それぞれの神社のたたずまいを感じることが心地よいです。
また、昭和医科大学の富士吉田キャンパスの周辺にある「北口本宮冨士浅間大社」も、訪れると背筋が伸びるようなピリッとした雰囲気があります。
お気に入りの神社を参拝する時間が、私にとって大切なリフレッシュのひとときになっています。

(取材:2025年9月)
※ 本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。



