誰にでも起こる心の不調、「いつもの自分との違いに気づく事」が大切【医師 田村 夏奈子】

目次
「働く人のメンタルヘルス」に研究と臨床の両面からアプローチ
――先生が精神科医を目指されたきっかけや経緯を教えてください
両親が薬剤師で、実家は薬局を営んでいました。風邪をひいても家にある薬で治してもらうことが多く、医療は私にとって幼い頃からとても身近な存在でした。
両親には「医療の道に進んでほしい」という思いがあったようで、そうした影響もあって私自身も医療系の仕事を志すようになりました。
加えて、思春期には人間関係に悩むことがあり、人の心の動きに興味を持つようになりました。その頃に読んだフロイトやユングの本の影響で精神科の分野に関心を抱き、「精神科医を目指してみよう」と決意し医学部の受験に挑戦しました。
実は当初、私は臨床医ではなく研究者を目指していて、大学卒業後は大学院の公衆衛生学教室に進み、メンタルヘルスについての研究に取り組んでいました。研究を進めるなかで「臨床経験は必ず積んでおいたほうがいい」という助言もあり、当時お世話になっていた教授の紹介で、精神科で臨床を経験する機会を得ました。
精神科では、研修医と同じように2年間診療に携わり、当直も含めて深く関わらせていただきました。大学院ではNCNP(国立精神・神経センター)の精神保健研究所で研究を進め、社会医学系の博士号を取得しました。
その後の進路についてはかなり迷いましたが、「もう少し臨床を続けてみたい」という気持ちが強くなり、最終的に臨床の道を選びました。
――クリニックを開設された経緯を教えてください
開業するまでの約10年間は、精神科病院で慢性期の患者さんを多く診てきました。また、並行して、産業医として企業に関わる仕事にも携わってきました。はじめは月に一度、嘱託として企業を訪問するかたちでしたが、次第に2社で本格的に産業医として勤務する機会をいただきました。
企業での産業医の仕事は、人事部門との連携が中心になり、医療というよりも組織対応に関わる場面が増えていきます。そうした中で、「もっと医療としての支援を直接届けたい」という気持ちが次第に強くなっていきました。
心や体の調子を崩した方が、日常の中でふと立ち寄れるような場所で医療の視点から支援ができたほうが、自分のやりたいことにより近いのではないか、そう感じるようになったことが、クリニック開設を考える大きなきっかけになりました。
その後、クリニック勤務も経験しながら、「思いをかたちにするには、自分自身のクリニックが必要だ」と感じるようになり、開業を決意しました。もともと私は大きな決断をするのが得意なタイプではないのですが、周囲の方々の支えもあり、思いきって一歩を踏み出すことができました。

(https://stcare-clinic.jp/)
――「働く人のメンタルヘルス」に注力されている理由にはどのような背景があるのでしょうか
働く人のメンタルヘルスに関心を持つようになったのは、大学院での研究がきっかけでした。当時から、一般の方々の心の健康を考えるうえで、「大人の多くが働く環境にある」という現実に自然と意識が向き、働く人の心の健康が整うことで、その方自身はもちろん、職場や社会全体にも良い影響が広がっていくのではないかと考えるようになりました。
また、コロナ禍で働き方が大きく変わり、リモートワークなどにより人とのつながりが薄れたことで、不安や孤独を感じる方が増えてきた印象もありました。人と直接会って話す機会が減ったり、テキスト中心のやりとりになったりすることで、気づかぬうちに心が疲弊していくようなケースも多く見受けられました。
クリニックには、仕事の悩みを抱えた20代から50代の、いわゆる働き盛りの方々が多く来院されています。そういった方々が、自身の心身の変化に早く気づき、必要なときに相談できる環境を整えることは、非常に重要だと感じています。
企業の中からのアプローチももちろん大切ですが、それだけではカバーしきれない部分もあります。だからこそ私は、「自分のタイミングと自分の意思で相談できる場所」としてクリニックの形を選びました。働く人が安心して立ち寄れるような場をつくっていきたいと思っています。


「チーム医療」でひとりひとりに合わせた適切な治療を提供
――普段の診察の中で心がけていることはありますか?
診察では、今抱えている症状や困りごとを伺うのはもちろんですが、その背景にある生活や人間関係のことにも耳を傾けるようにしています。たとえば、家庭での悩みや職場でのストレス、持病や体調不良など、さまざまな要因が重なってメンタルの不調が表れてくることが多いためです。
限られた時間の中ではありますが、患者さんの抱えている背景にも目を向けることで、少しでも適切なサポートができればと思っています。
また当院では、医師だけではなく、看護師・公認心理師・精神保健福祉士などの医療の専門家が協力・連携して治療にあたっています。それぞれの立場からの視点を活かして、患者さん一人ひとりに合った治療ができるよう心がけています。
――実際の診察はどのような流れで行われるのでしょうか
当院では、初診時にはまず公認心理師・臨床心理士がインテーク面接(患者さんとの初回面接)を行います。ここでは、これまでの経緯や症状の出方、日常生活で困っていることなどを丁寧にお伺いします。時間はおよそ30分程度です。
その後、インテークの情報をもとに、医師による診察を行います。心理士があらかじめ丁寧に話を聞いてくれていることで、医師の診察でも必要な部分にしっかりと焦点を当てることができます。
診察後は、必要に応じて公認心理師・臨床心理士によるカウンセリングを提案したり、看護師と連携して生活面のサポートを検討することもあります。患者さま一人ひとりに合った適切な治療をする事が早期の回復に繋がると考え、治療や支援の形をチームで考えていくスタイルをとっています。

周囲に理解されにくいPMSやPMDD、症状の奥にある背景を紐解きながらサポート
――先生のクリニックに受診されるPMS(月経前症候群)やPMDD(月経前不快気分障害)の患者さんからよく聞くお悩みはどんなことが多いですか
PMSやPMDDで来院される方には、大きく分けて2つのパターンがあります。
一つは、ご自身ではPMSやPMDDに気づいておらず、「気分が落ち込む」「イライラする」など、うつ症状のような訴えで受診される方。もう一つは、ご自分で月経周期との関連に気づかれていて、「もしかするとPMSやPMDDかもしれない」と思って相談に来られる方です。
初診ではまず、現在困っている症状について詳しくお話を伺い、月経周期との関係が見えてきた場合には、「もしかするとPMSやPMDDかもしれませんね」とお伝えした上で、治療に進んでいきます。

当院では主に漢方薬を中心に治療を行っています。症状の強い方には、PMSにも効果がある抗うつ薬を併用することもあります。
職場での理解が得にくいというお悩みもよく伺います。診断がついて治療が始まれば説明もしやすくなりますが、「ただ不調があるだけ」の段階では周囲に伝えづらく、結果として我慢して働き続けてしまう方もいらっしゃいます。
また、背景にはPMSだけでなく、たとえば双極性障害に近い状態や、発達特性、遺伝的な要素、パーソナリティの特徴など、複合的な要因を抱えているケースもあります。特に、そうした背景がある方はPMSによって攻撃性が強く出ることがあり、対人関係での摩擦につながることもあるようです。
そのため、症状の奥にある背景を丁寧に紐解きながら、一人ひとりに合った支援を心がけています。
――先生が医師を続ける中で感じるやりがいを教えてください
もちろん、症状が落ち着いて「楽になりました」と言っていただけることも、とても嬉しい瞬間です。ただ、それ以上に、その方の人生がより良い方向に動き出したと感じられるとき、医師として本当にやりがいを感じます。
たとえば、症状が安定してきたことで「結婚することができました」「転職に踏み出せました」「家族との関係が改善しました」といった報告を受けることがあります。そうしたお話を聞けると、「一歩前に進まれたんだな」と感じて、とても嬉しくなります。
単に症状を和らげるだけではなく、その人らしい選択や生き方ができるようになる、そんなお手伝いができたときに、大きなやりがいを感じています。
――クリニックのロゴに込めた想いをお聞かせください
当院のロゴは、「蝶」と「てんとう虫」をモチーフにしています。
大きな赤いクローバーのようなマークは、「蝶」をイメージしたものです。蝶は、脱皮をくり返して美しい羽を手に入れ、空へ羽ばたく存在。そんな蝶のように、訪れた方が変化を遂げ、新しい一歩を踏み出していけるようにという願いを込めています。
もうひとつのモチーフは「てんとう虫」。幸運の象徴とされるこの小さな虫に、「ここに来てくださった方々に幸運が訪れますように」という思いを託しました。
ロゴには、「ここを訪れたことで、何かが少し変わった」と感じていただけるような、そんな出会いと変化のきっかけになるようにという想いが込められています。それは、ゴールであると同時に、新たなスタートかもしれません。

些細な変化や不調に気づいて、早めに受診をしてほしい
――読者の方にメッセージをお願いします
ご自身の不調に気づくのは、実はとても難しいことだと思います。たとえば、これまで普通にできていたことが難しく感じるようになったり、眠れなくなったり、食欲が落ちて体重が減ってきたり、「最近、元気がないね」と周りの方に言われて、ふと気づくこともあるかもしれません。
そうした変化に気づいたときは、できるだけ早めに誰かに相談していただけるといいと思います。「こんなことで受診してもいいのかな」とためらわれる方も多いのですが、少しの違和感でも早くにご相談いただければ、それだけ早く対処ができて、楽になれる可能性が高まります。
まずは、身近に相談できる人に話してみてもいいし、もしそういう人がいなければ、ぜひ私たちのような専門家を頼ってください。
職場や家庭での人間関係がうまくいかない、衝突が増えてしまう、そんな悩みの背景には、自分でも気づいていない「考え方の癖」が関係していることもあります。少し勇気がいると思いますが、私たちと一緒に自分自身を少し客観的に見てみることも、前に進むヒントになるかもしれません。
変わっていくには、ご本人の「変わりたい」という気持ちが必要です。「変わってみたい」「少しでも楽になりたい」というお気持ちがあれば、その思いが大切な一歩になるはずです。もし、今その準備ができていると感じている方がいらっしゃれば、どうぞ遠慮なくご相談ください。私たちは、その一歩をしっかりと支えていきたいと思っています。

いつでもお気軽にご受診ください
散歩と呼吸、自分のペースで、心と体をリフレッシュ
――先生のリフレッシュ方法を教えてください
最近は、散歩をする時間を大切にしています。外の空気を吸いながら体を動かすと、気持ちも切り替わって、自然と視点が変わるんですよね。ちょっとしたことですが、いい気分転換になります。
あとは、クリニックのホームページでも紹介しているような呼吸法やマインドフルネスも、日々の生活の中で取り入れています。特別な道具もいらず、今この瞬間に意識を向けるだけで気持ちが整うので、忙しい中でも続けやすいです。
無理なくできることを、自分のペースで取り入れることが、心と体のバランスを保つコツかなと思っています。
(取材:2025年3月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。