PMSは自分で気づくのは難しい。おかしいなと思ったらホルモンのせいにしてもいいんです【医師 池田 裕美枝】
目次
女性のトータルヘルスケアに興味
ーさっそく池田先生のこれまでのご経歴やお取り組みをお聞かせください
京都大学卒業後、女性のトータルヘルスケアに興味があり、まずは内科に入りました。
欧米諸国では、ウィメンズヘルス(女性診療)というのは内科の一分野なんです。
たとえばアメリカでは、総合内科という科目の中に「ウィメンズヘルス」という一つの分野があります。女性特有の疾患や性差による病態の違いを考慮しながら診察を行うスペシャリストたちです。
私がちょうど大学を卒業する頃、日本でも全国に女性外来が徐々に増えてきていて、女性に焦点を当てた診療科が注目を浴び始めていました。
総合内科自体、その当時日本にはまだあまりなかったのですが、これから女性内科が総合内科の中にできるんだ!と信じて、総合診療科に入ったという経緯です。
内科の仕事も非常におもしろかったのですが、高齢化が進んでいる日本では高齢者の診察や治療が中心になります。
さらに、アメリカでは内科医が女性に対してファーストタッチで内診をすることもありますが、日本だとそれは産婦人科の領域になります。女性診療を目指している中で、内科にいる限り内診ひとつできないことに気づいて、途中で産婦人科に転向しました。
産婦人科に移り、妊婦さんをはじめとする様々な女性と向き合う中、女の人が抱えている身体疾患や体の状態は、社会的な因子が大きいなと思い始めました。
ネグレクトや虐待を受けて育った人は毎日3食食べる習慣自体がないとか、性暴力被害やDVの問題、望まない妊娠が実は日本でも多いとか、私たちってこんな社会に住んでたの?と非常に驚きました。女性ホルモンがあるからとかY染色体がないからとかそういう生物学的な話ではなく、社会的な因子もあって女の人の病態は複雑化するし重症化もする。また、それが次の世代に受け継がれてしまっていることを知り、女性の健康を社会的な観点からサポートする必要性を強く感じました。
ー池田先生のお取り組みはSRHR(※)を軸とされていると思いますが、そのきっかけを教えてください
※SRHR:Sexual Reproductive Health and Rights(性と生殖に関する健康と権利)
産婦人科専門医となった後も、自分が女性のトータルケアができるようになったとは思えなくて、英国に行きリプロダクティブ・ヘルスを学びました。日本以外の国の女性を取り巻く状況を知り、リプロダクティブ・ヘルスに関しては日本は後進国だと実感する中、東日本大震災でのボランティア活動の中で、女性が受けている性や生殖に関する不利益を実感しました。
当時、被災地の各避難所には必ず医師がいる環境にも関わらず、妊婦さんは何もケアを受けていませんでした。しかも妊婦さんは元気な女性が多いから、自分よりしんどい思いをしている高齢者に対して、お先にどうぞってなるんですよね。
生理が止まった女性もたくさんいましたが、妊娠検査薬がないから調べられない。被災して家もないし夫も亡くなってしまい、すごく不安を感じているにも関わらず、産婦人科と内科が分断されているために、必要なサポートができないという状況でした。
災害時、妊婦は国際的には「脆弱性のある人」として優先すべき立場にはなっているけど、当時の日本ではそうなっていないことを目の当たりにして、日本女性の健康問題は、社会的因子が強いとあらためて実感しました。
そんな経緯もあり、大学院では社会医学健康系で公衆衛生を学びました。
公衆衛生に関して研究費を使って様々な取り組みを行い、その成果物の一つとしてKYOTO SCOPE( https://kyoto-scope.com/ )というプロジェクトを立ち上げ、それが今、私が代表をつとめている一般社団法人SRHRJapan( https://jp.srhr.jp/ )に繋がっています。
産婦人科の専門医になってはじめて、普通に暮らしていたら見えない、社会の階層があることに気づきました。また日本以外の国の女性を取り巻く状況を知り、国によって女性が受けている性や生殖に関する不利益の違いに気づくことができました。
決してその人のせいではなく、環境のせいなんですよね。だからやっぱり社会の問題なんだろうなと思っています。
気づきにくいジェンダーバイアスに気づくために
ー女性の健康と社会的な要因について、池田先生が深く切り込んでいらっしゃるんだなと興味深くお話を伺っていました。女性特有の健康課題に関する話題は、被災地で生理用品が不足するというニュースなども目にすることもあり、以前よりはタブーとされることも減ってきたのかなとは感じることもありますがどうでしょうか。
たしかに、東日本大震災の時の教訓もあり、生理用品や女性用の下着、化粧水などはできる限り被災地に届くよう、自治体も今は取り組んでいらっしゃると思います。
でもやっぱり、もし生理があるのが女性ではなくて男性だったらこの状況はもっと早く改善されていたかもと思うんですよね。
普段当たり前に思っていることでも、男女を入れ替えてみて、これって普通のことだろうかと考えることを私は心がけています。もし男女を入れ替えて考えた時に、対応が変わるかもしれないんだったら、自分のジェンダーバイアスなんだろうなと思います。
たとえば、更年期症状でつらいとご相談にいらっしゃった方のお話を伺うと、思春期の子どもがいて発達も遅めでお世話が大変、でも私がやらないといけなくて、さらに義理の親の認知症が始まっていて自分が介護をしないといけない。なので今だるいと言ってる暇はないんですみたいなことをおっしゃいます。女性である自分がやることがもう当たり前の考え方なんですよね。
でもここで、男性が同じことを訴えていたら、全部やろうとしなくても人に任せる部分は任せて、自分は自分のスキルアップとか、ご自身の生活ややりたいことを大事にしてもいいんじゃないですかって言っちゃいそうになるなと思うと、ハッとすることはありますね。
患者さんご自身が内包しているジェンダーバイアスに気づいて、心と体の声を聞いて、自分を大事にすることができるように、伴走するのが私の仕事だと思っています。
PMSって実は自分で気づけないから受診できないんです
ー池田先生は、PMS専門の外来などもされていたと伺いました。受診理由やご相談はどんなものが多いのでしょうか
実はPMS(月経前症候群)は、自分でPMSだと気づかないと病院に来れないんですよ。
PMSで受診される方は、子どもや夫にあたってしまうというご相談内容が多くて、その場合、パートナーや周囲の人に勧められて受診されることが多いですね。
イライラしてしまうのは、自分の性格が悪いと思っている患者さんが多くいらっしゃいました。
みなさん、これぐらい普通なんじゃないかなと思っているから、受診のタイミングもわからないんですよ。自分で診断して、自分で病院に行くかどうかを決める必要がある上に、ある時期をすぎると症状も治ってしまったりしますよね。生理時の出血量に異常がなく、生理痛も軽い方が、「自分が落ち込んだりイライラすることがおかしい」と思って産婦人科に来るというパターンは案外少ないんですよね。生理痛がひどいとか、量が多いとかの相談のついでに、「これってやっぱりPMSでしょうか」といった形でのご相談が多いです。
ーたしかに、PMSの症状かどうかを自分で判断して受診するのって難しそうですね。受診の基準やタイミングがわからないという方は多いかなと思います
そうですね。お腹が痛いなと思って血が出てたら生理痛なんだなと分かりますが、PMSは出血してないときの症状だからご自身でも判断しにくいですよね。
自分でメンタルの調子が悪いなと思った時は、ホルモンのせいにしてみるというものありだと思います。これはホルモンのせいじゃないだろうか?もしかしていま、生理前?とぜひ疑ってみてください。
私自身も自分がPMSだということに長年全く気づいていなかったくらい気付けないんですから(笑)
ーPMS専門で研究されてた先生でも気付けないとは!
そうなんですよ。私がPMSの専門外来を始めた時、夫に「PMSで大変な人もいんねんな、私PMSとかないから全然つらさがわからへんけど」という話をしたら、夫に「え!?あなたもPMSあったよね?」と言われて、初めて気づいたくらいです。言われてみるとたしかに、月に1回よくケンカになる時期があって、でも自分では、相手が悪いよねとか、自分は感受性が豊かなんだな〜くらいにしか思ってなかったんですよね(笑)
PMS症状はマイナスばかりでもないんですよね。むしろその時期は、クリエイティビティが上がるとか感度がよくなるとかプラスに働く人もいます。ご自身でつらく思ってないのであれば、受診の必要はないですしそれを大事にしてほしいと思います。
ー症状やその捉え方も個人差が大きいということですね。ちなみにPMSの診断をされる際に、これは性格由来、これはPMSと判断する基準はあるのでしょうか
PMSの症状は大変多彩で、体の症状と心の症状がそれぞれにあります。
私たちがPMS症状記録研究のなかで開発したPMS8 / DRSPという質問紙があります。ちょっと気になる症状がある方は、まずはPMS8の質問表( http://hi.med.kyoto-u.ac.jp/DRSP_PMS8.pdf )を使ってご自身で自問自答してみてください。
全てにあてはまらなくても良いので、あてはまる項目があれば、それが生理に由来するかもしれないと意識をしてみてください。生理が終わった後良くなっているかなど、生理周期との関連を見てみると判断しやすいと思います。
より厳密に調べる場合は、DRSP(Daily Record ofSeverity of Problems)という質問表を使います。これは医学的に診断するための表なので、個人でここまでやる必要はないですが、日々の症状を記入して点数をつけて、自分の生理の周期とのバランスを見るための表です。
DRSP日本語版:http://hi.med.kyoto-u.ac.jp/DRSP_japanese.pdf
生理前に悪くなって、生理後に良くなっているんだったらPMSですよね。生理の周期と関係なくいつもイライラしているんだったら、それは他の因子によるものでしょう。
ーなるほど、こうやって基準があると判断しやすいですね
あと、PMSの時期は普段は受け流せることがなぜか受け流せなくなる時期なんですよね。
脱ぎっぱなしの服が落ちていることが許せなくなるとか、シンクの周りに飛び散った水が許せなくなるとか、ちょっとした相手の言葉にすごく落ち込んでしまうとか。普段は受け流しているけど、その日は自分でも驚くほど気持ちがコントロールできなくなるのがPMSです。
でもじゃあ、PMSじゃない時期には全然気になっていないかというとそうではない。嫌だけど受け流している、ということです。PMSの時にとても嫌なことは、きっと、普段から少し嫌なこと。システムから改善するのもおすすめです。
そのほかにも、日常生活の改善でPMSはよくなることもあるので、ご自身でケアしていただきつつ、もしかしてこれってPMSかなと少しでも思ったら相談にいらしてください。
女性は変化に強いんです。どんなゆらぎも乗り越えることができると思っています
ーお仕事やお取り組みの中でやりがいを感じるのはどんな時ですか
医者としてやりがいを感じるのは、やっぱり患者さんが良くなったときですよね。
私たち医者は、患者さんが良くなるために、病態がどこにあるのか、この薬が効かないんだったらこっちはどうかなとか、論文を読んだりいろいろ調べて工夫をしてるわけです。
患者さんは患者さんで、自分の状態が良くなるようケアや努力をしてくださって、その結果良くなりました!と言われた時、とてもやりがいを感じます。
自分の仕事が成功したこと、それによって患者さんが喜んでいることの相乗効果でうれしいですよね。
ー主に女性を診察されていて、印象的なことってありますか
女の人って振り幅が大きいなと思います。女性ホルモンのゆらぎもあって常に変化してるなと感じますね。
同じ患者さんでも、普段はしっかりしたタイプの方が、ある時期は何をしてもダメですみたいにズタボロになる時もありますし、また数年経ったら復活して今までより調子良くなっていたり。
大抵の患者さんは、落ち込んでいても落ち込み続けることはなくて、触れ幅が大きいだけなので、戻れる可能性を大いに持っていると思っています。女性は変化に強いですよね。
自分の心と体の声を聞くことを大事にしてほしい
ー読者へのメッセージをお願いします
自分が健康であるためにがんばることは、自分のわがままではなく社会貢献です!
特に若い人は、今の自分の心と体の健康を維持することで、次世代につながっていく可能性があるので社会的にも生物学的にもとても大事なことです。自分が健康でいるために、もっと社会が私に投資したらいいのに、ぐらい思っててちょうどいいんです。
あとは自分の心と体の声を聞くことを大事にしてほしいです。
何かを決めなきゃいけない、選ばなきゃいけない時に、どの選択だったら”自分”が腹落ちするかを大事にする癖をつけてほしいと思います。
周りの人が望むからとか、一般的にはこうだからではなく、自分の心と体に聞いてみて自分自身が納得できるものを選んでください。
最後に、私たち医療者のアウトカムはあなたの健康です。私たちはあなたを元気にすることが仕事です。ご自身の価値観で、今は自分の健康よりも優先したいものがたくさんあると思います。そんな中であなたの健康を何より大事にしてる人がここにはいるので、ぜひ安心して頼ってくださいね。
自分の機嫌の取り方はその時々の心と体の調子に合わせて選んでいます
ー最後に、池田先生のモヤモヤした時のリフレッシュ方法を教えてください
私は話すことで頭の整理がされるタイプなので、モヤモヤを言語化して一旦自分の外に出すことで、ある程度落ち着くことがあります。
あとは、その時の気分に合わせて自分に良いことをします。アロマがいいなと思ったら、その日はアロマをするとか。音楽に浸ったり、漢方とか鍼灸など、その時々の心と体の調子に合わせて選ぶようにしています。自分のご機嫌の取り方っていうのは、いくつも手があるのが大事だと思っています。
(取材:2024年8月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。