悩みは常にある妊娠期 カフェのように気軽に立ち寄れる場所を【心理士 中村 彩】
目次
医療分野と教育分野のコラボレーション
-中村さんのこれまでのご経歴を教えてください
主に総合病院で心理職として勤務しながら、学校でスクールカウンセラーとして活動していました。医療分野と教育分野に携わるような心理士ですね。
メインは医療現場で、精神科、心療内科でカウンセリングや心理検査をしながら、病院の緩和ケアチームに所属し、腎臓内科や呼吸器内科、小児科など、様々な科でその時の困りごとやしんどさ、想いなどを伺っていました。
総合病院を退職してからは、大学病院のがん治療センターに所属し、がん告知前から治療中の患者に対し、がん・心理学の情報提供や心理ケアを行っていました。現在は、不妊、生殖についてのご相談を中心に心理支援をおこなっていますが、それまでは長く、がん治療領域に身を置いていました。
がんに罹患される方はご年配の方が多い印象ですが、若くして罹患される方も多くいらっしゃいます。
若年がん患者は、治療が妊孕性(妊娠するために必要な能力)に大きな影響を及ぼすこともあり、がん告知という大きなストレスに対する心理アセスメント、ケアだけでなく、妊孕性の消失という危機に対する情報提供や心理支援が必要となります。
がん生殖領域のご相談をお受けすることをきっかけに、より専門性の高い知識が必要であると実感し、がん・生殖医療専門心理士の資格を取得しました。その後、がん生殖のことだけでなく、リプロダクションの分野にも興味関心が生まれたことで、新たに生殖心理カウンセラーの資格を取得しました。
ほぼ同じ期間、スクールカウンセラーとしても中学・高校で活動しています。
今はスクールカウンセラーとしてではないですが、時折学校に赴き、対教職員、対生徒向けに研修や心の授業、性教育の講義などをさせていただき、教育領域との関わりを続けています。
相談には、カフェに行くような気軽さで。あなたらしさを大切にしてほしい
-患者さんとのコミュニケーションで心がけていることはなんでしょうか
可能な限りカウンセリングというものの敷居を下げるメッセージを伝えることを心がけています。
カウンセリングを、自分たちで努力し尽し、本当に困った時に使う手段ではなく、もっと日常的に、気軽に使える手段として捉えてほしい。例えば、カラオケに行ったり、カフェでお茶を飲んだり、そういったものと同様の使い方をしていいのだとお伝えすることもあります。
カウンセリングや心理学の専門家へ相談することは、多くの方にとって”私は病んでいる”というレッテルを張られるような気持ちになってしまうのではないかと思います。実際、医療従事者に勧められカウンセリングを利用された方の中には、「自分は周りから見てそこまで精神的にひどい状況なのか」と絶望して来られる方が少なくありません。
しかしながら心理士は、重く落ち込み、悩んでいる時にだけ話を聴き、慰める人では決してなく、心の中で生じる気持ちや思考を整理整頓するお手伝いをする仕事だと思っています。
こころが沈んでいる時や苦しい時には、頭の中が様々な情報や気持ちでいっぱいになっています。そういった時に、その一つ一つを外に出していくことで心に余裕が生まれ、自分らしく物事を考えやすくなったり、ホッとする時間を作れることもあります。
また、今は落ち込んでいる状況でないという状況でも、現在の自分の状況を振り返り、ストレスマネジメントがうまくできているかの確認をしたり、今後のストレスイベントにどう備えるかを事前に検討したりと、その方のニーズに合わせた働きかけで、自分らしく日常を送る手助けをしていきます。
―心理士・心理学というものに対してのハードルの下げ方のコツや工夫していることはありますか
そもそも心理士って、普段の生活ではあまり関わる機会が少ない職種だと思います。そしてどちらかというと、ネガティブな状況で会うイメージがあるでしょうし、心理学も何かちょっと胡散臭く感じる方もいらっしゃるのではないかなと。
特にご自身がしんどいと思うタイミングで、「心の専門家です、カウンセリングにいらしてください」と言われても抵抗感を感じるのは当然ではないのかなと思っています。
だからこそ私は、患者さんにとって心理士がより身近な存在になれるよう、積極的に発信するように心がけています。コミュニケーションのこころがけと同様なのですが、話しやすい・相談しやすい人を目指していることに尽きると思います。
カウンセリング以外でも、積極的に患者さんに声をかけて挨拶や近況を伺ったり、他職種と連携して、心理士は気軽に利用していい存在であることをアナウンスしたり。
例えるならば、野菜売り場に「私が育てました」と顔写真を出して安心感や親しみやすさを感じてもらうように、私の心理士としてのスタンスを知っていただくためにあの手この手を使ってアプローチしています。
心理士が「何ができる人なのか」「どんな時に頼ればいいのか」を積極的に発信していくことで、患者さんにとって「顔見知りの」「名前を知っている」「なんとなく話しかけやすい」存在になることを目指しています。
利用のハードルを少しでも下げ、困った時に「あの人に相談してみよう」と思い出していただけるようになればと願っています。
―中村さんのような明るい雰囲気の心理士さんがいると安心しますね。心理士さんのタイプ、カウンセリングの方法の違いなどに相性などはありますか
心理士も人間ですから、それぞれのキャラクターがありますし、得意とするアプローチの仕方も異なります。相談者さんにとっても合う、合わないはどうしても出てきてしまうかもしれません。
心理職を利用することは、その人自身がその人らしさを大切にしながら、考え、感じていくための手段です。「自分には合わない」「合わなかった」と感じた経験があっても、タイミングや人が変わると有意義な時間になることもあります。
私の場合は、万が一自分との相性やテンポが合わないと感じた時には、言いづらいのは重々承知の上で、遠慮せず伝えてほしい旨をお願いしています。
相性やテンポの問題であれば、他の心理職を紹介させていただくこともできますし、カウンセリングの中で転換点を迎えたり、ワンステップ変わる時には、その方らしさを保つことができて、かつ成長できる場に繋ぐこともできます。
今後の人生においても困ったら人を頼れるようになってもらいたい
-お取り組みの中でやりがいを感じる瞬間を教えてください。
心理士として「カウンセリングを行う上でのやりがい」というととても難しいなと考えてしまいますね…。
ただ、患者さんが自分らしくあるための方法としてカウンセリングを抵抗なく利用できるようになった時や、心理職に対してだけでなく、他職種やご家族など、意識せずに周囲の人を頼れるようになった際などには、自分が関わる中でメッセージが伝わってくれたのかな、よかったな、と感じることはあります。
自分としては、患者さんが自分の力で歩くことができるようになることが最も嬉しいことの一つです。自分の力で歩くというのは、一人で何でも解決できるということではなく、迷った時には人を頼るという手段を選択でき、自分自身を大切にする行動をとれるようにすることです。
徐々にカウンセリングの間隔が広くなり、たまに「自分自身の今の状態をアセスメントしたいです」といって顔を出してくれるようになる、そういったカウンセリングが増えると、カウンセリングのゴールの兆しが少し見えてきたのかな、と嬉しくなります。
日々サポートしていくことがやりがいとなる職もあると思いますが、心理士にとっては、いずれ離れていく、必要に迫られたカウンセリングがいらなくなるというのが、一番のやりがいであったり、喜びなのではないかと思います。
悩みは常にある妊娠期 日頃のカウンセリングから医療へつなぐ
―妊娠出産される方に対し、印象深いご相談やお悩みについて聞かせてください。
前提としては、今在籍しているクリニックではクリニックを卒業された方の心理カウンセリングも実施しています。そのため、妊娠中のご相談をされている方の多くは不妊治療を経験された方々です。
妊娠出産におけるお悩みは人それぞれ様々です。
例えば妊娠初期には、胎動を感じるまではお腹の子が無事でいてくれるのかという不安や、つわりがないことへの不安。また、不妊治療が子の障害や疾患に影響するのではないかという不安。安定期に入った後も、無事に出産できるのか、自分に子育てができるのかなど、妊娠期間を通して、不安やこわさを抱える方が多くいらっしゃいます。
また、夫婦関係の足並みについてはどの期間にも語られることがおおいので、出産前にご夫婦の足並みをそろえるお手伝いをすることも多いです。距離の近いお二人で話し合いをすると、どうしても袋小路になりやすい話し合いも、第三者が介入すると、物事がよりフラットに見えることもあるため、そういったお手伝いをさせていただいている感じです。
妊娠期間はそもそも体の不調や気持ちの揺れも生じやすいため、月1回程度の面談間隔でお声がけしたり、面談の予定を組むことで、いざとなった際にSOSが出しやすい環境を整えることを意識しています。
また出産後のご相談では、ご主人から奥さんのメンタル不調の連絡をいただくこともあり、アセスメントしたうえで産院やかかりつけ医へどう伝えるかを考えたり、具体的な家族サポートの方法を考えることも多いです。
-最後に、妊娠について困っている、悩んでる方に対してメッセージをお願いします
私に限らず心理職は皆、いつでも声をかけてほしいと思っています。
少しでももやっとする気持ちがあったり、不安の種があるときには、その時点でぜひ声をかけてください。
明確に悩みという形になっていなくとも、お話していく中で浮かぶ課題から解決策を考えたり、それが中々解決ができないものであっても、気持ちの面を整えることで、正しく不安や怖さと付き合うための手助けができると思います。
この記事を読んで、心理士ってそこまで怖くなさそう、試しに一回くらいカウンセリングを受けてみたいな、と思ってくださる方がいらっしゃれば、とても嬉しいです。
一度自分のフィールドから離れてリセットしてみる
-中村さんオススメの、気分がモヤモヤした時のリフレッシュ方法やリセット方法をお聞かせください。
私は幸いなことに、そこそこ気持ちの切り替えが早くもやつきが長続きしない性質です。
まれにもやっとした気持ちが残り、嫌な感じが続く時には、その時の自分のエネルギーで実行でき、気分にあったリフレッシュ方法を探します。
例えば、思い切り「ワー!!」っと吐き出したいときにはカラオケに行って大声をだして発散することもありますし、騒ぐエネルギーはない、そんな気分でもない、といった時にはカフェなどで美味しそうなケーキをつつくこともあります。
リフレッシュとはまた異なり、一度自分の頭の中をリセットしたいな、と思う時は、水族館や美術館など、自分のホームでない非日常を味わえる場所に行き、何をするわけでもなく、ぼーっとすることが多いです。
特に水族館とは相性が良く、ぼーっと魚を見て過ごしていたら6時間程たっていたこともありました(笑)
仕事上多くの人とコミュニケーションをとらせていただくこともあり、極力一人で、普段自分のいるフィールドから離れ、一旦思考のブレーカーを落とす感覚が、自分らしくい続けるために必要なのだと感じています。
(取材日:2024年8月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。