かわいいだけじゃない!赤ちゃんからの「理不尽さ」を知ることから始まる子育て準備【東海大学 准教授 小坂 崇之】
目次
大好きなものづくりで社会に役立つものを作りたい
ー先生のこれまでの研究や現在の活動についてお聞かせください。
金沢工業大学の情報学科を卒業し、大学院・博士課程を経て、工業高等専門学校で教員として勤務していました。その後、神奈川県に移り、現在は東海大学の情報理工学部情報メディア学科に准教授として所属しています。
専門はバーチャルリアリティ(VR)やヒューマンインタフェースといわれる分野です。VR技術やセンサー技術を活用して、コンピューターと我々が快適にやり取りできるような仕組みを研究しています。
例えば、3次元の風を感じることができる装置や、人の匂いをゲームに取り入れる仕組みなどを開発してきました。おもしろいだけでなく、社会に役立つ可能性のある技術を目指して研究しています。
―技術を使って社会の役に立つ研究を続けていらっしゃいますが、どのような思いがあるのでしょうか
「小坂先生は世の中に役立たないようなおもしろい研究ばかりしているね」と言われ、カチンときました。そんなことを言われるくらいなら、誰が見てもぐうの音も出ないような「社会的意義のあるものつくってやろうじゃないか」と思い立ったのがきっかけです。
妊娠から出産までを疑似体験できるデバイスをつくる
ー「MommyTummy」や「Crying Baby」といった妊婦さんや赤ちゃんに着目したきっかけについて教えてください
「男性なのになぜ?」とよく聞かれるんですが、僕もなぜなんでしょうねとしか言いようがありません。
僕はもともとはんだごてを使って何かを作ることが大好きな人間です。センサーやモーターなどの新しい製品が出るとそれを使って何か開発できないかと考えます。
Mommy Tummyという妊娠過程を疑似体験できるシステムでは、電磁弁(空気の流れを制御できる弁)を使って「胎動」を再現しています。「お腹の中で赤ちゃんがポコポコ動く感覚を再現できたら面白いんじゃないか?」そんな発想から開発が始まりました。いくつかのプロトタイプを作成し、出産経験のある事務スタッフに試してもらったところ、「実際の胎動に近い」と好評で、これは良いぞと。
胎動の再現だけではなく、腹部の水袋に温水を流し込むことで、成長していく胎児の重さや体温などを再現し、妊娠の過程をリアルに体験できるシステムになっています。胎動が再現できたのであれば、妊娠から出産までトータルに体験できるものがあるといいのでは?と考えるようになりました。
突然始まった父子ワンオペ経験から子育ての「理不尽」さを伝える必要性を感じた
ー子育て体験デバイス「Crying Baby」には先生の体験が詰まっているようですが、どのような背景があったのでしょうか。
Crying Babyは僕の壮絶なワンオペ体験から生まれたものです。
3歳になる息子が生まれた年はCOVID-19全盛の時で、立ち合い出産や面会など一切できない状況でした。
母子退院時に初めて息子と対面できたのも束の間、妻が産後の体調悪化で救急搬送されてしまいました。自宅に戻った直後の出来事で、初めての育児は突然のワンオペレーションでのスタートとなりました。
初めて息子と会ったその日から父と子2人きりの生活がスタート、「僕とこの子だけでどうすんの!?」とかなり焦りました。
もともとは母乳育児の予定で、哺乳瓶やミルクも自宅にありませんでした。新生児を抱きながらその足で哺乳瓶とミルクを買いに行ったものの、ガラスやプラスチック、乳首の硬さもサイズも様々で「どれを買えばいいんだ!?」から始まって、「お風呂(沐浴)はどうしたら!?」「全然泣き止んでくれない」みたいなことが続き、僕も半泣き状態でした。
寝たら寝たで「ちゃんと息してるかな?寒くないかな?」など気になったり、夜泣きが連続して寝れない日々が続くことで心身は疲弊していきます。
赤ちゃんは、かわいいだけではなく、こちらの意図が通じないことや、何が困っているのかを伝えてくれないこともあり、想像以上に手がかかる存在です。
虐待やネグレクトなど痛ましいニュースを目にしますが、このワンオペ育児を経験し、「他人事じゃない」「赤ちゃんはかわいいだけではない、子育ては理不尽の連続だ」と実感しました。
この理不尽さを出産前に体験し、少しでも耐性をつけておくためのシステムが必要ではないかと考えました。Crying Babyの泣き声は、まさに僕が苦しんでいた時に録音しておいた息子の泣き声です。
事前の準備で解決できることはある まずは体験して知ることから
―事前に育児の大変さを体験できるというのは非常に画期的ですね。デバイスにはどのような機能があるのですか。
Crying Babyは様々なセンサーを内蔵していて、抱っこの振動や温度変化、部屋の明るさや騒音など、周りの様々な環境にリアルに反応して泣き出します。
電源のオン、オフの切り替えはないので、本物の赤ちゃん同様、泣き止まないからといってスイッチを切ることはできません。泣いている原因を解消するまで泣き止むことがないという、赤ちゃんの「理不尽さ」を体験できるよう設計しています。
何より、本物の赤ちゃんは表情があってかわいいと感じられますが、このCrying Babyは何をしても表情は変わらないですからね。理不尽さだけが伝わるようにできています。
―このCrying Babyを通して先生が伝えたいことは何でしょうか
一番はこれから親になる人たちが、赤ちゃんの理不尽さによるストレスを事前に体験し、大変さを自覚してほしい。かわいいだけではないということを体験を通じて少しでもお伝えできればと思っています。
大変さを理解することで、事前に何をすべきなのか、どうしたら子育てを少しでも楽しくできるのかを考えて準備するきっかけにしてほしいですね。
事前に体験してもらえれば、これは1人では無理だと実感できるはずです。祖父母の協力が得られるのか、どんな行政のサービスが受けられるのかを事前に調べたり、パートナーの育児休業制度取得の準備や心構えにもつながると思います。
ほかには、ご自身では育児をしてこなかった方や、子育ては女性がするものだという考え方を持っている人にも体験してもらい、育児の大変さを理解してほしいと思っています。
日本での出生率低下の一因として、「子育ての大変さ」そのものよりも「周囲の理解や支援の不足」が挙げられるのではないかと考えています。
電車やバスでの公共交通機関で子連れの方が邪魔扱いされたり、男性の育休が取りにくいなど、周囲の理解がなかなか得られないことで子育て世代が肩身の狭い思いをすることもまだまだあります。
このCrying Babyが、子育てへの理解や共感を得るためのシステムとして世の中に広まるよう願っています。
社会意識から変える体験を届ける 研究も意識もアップデートを
―今後の展望をについてお聞かせください。
Crying baby、Mommy Tummy をもっとリアリティのある経験ができるものにしたいと考え、日々研究をおこなっています。まずは妊婦学級などで一般的に使っていただけるようになると嬉しいですね。
さらには、今後展示も増やし、様々な方に使ってもらえる場を作っていきたいです。
子育てをする方だけでなく、意識改革・古い価値観をアップデートするためにも社会の場で活用していけるようなデバイスになると思います。
―最後に、これから子育てをする方にメッセージをお願いします
今の時代、子育ては女性だけのものではありません。自分だけで悩まずパートナーや周囲と共に協力して取り組む意識が大事だと思います。
僕自身も「男は働くもの、女性は家を守るもの」という古い考え方でしたが、不慮のワンオペ育児を体験して初めて意識が変わりました。それくらい一人で子育てするって大変なことなんです。
両親を近くに呼ぶとか、周りの支援はどういうふうに受けられるのかを、事前に調べて準備しておくことが重要だと僕は思います。
なによりパートナーとの協力と意識共有が重要だと感じます。そのためのきっかけとして、ぜひMommy Tummy やCrying babyを体験してほしいと思います。
―小坂先生オススメの、気分がモヤモヤした時のリフレッシュ方法やリセット方法をお聞かせください
研究開発が趣味の人間なので、ひたすら研究やものづくりに没頭することですね。
特にはんだごてを使ったモノづくりをしている時は、余計なことを考えず集中できるため、リフレッシュになります。もちろん子どもと遊ぶのも楽しみのひとつです。
(取材:2024年12月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴など現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。