赤ちゃんの健やかな成長のために 妊娠前から整える“食と身体”【中医師 鄭 冬梅】

目次
中医学に基づいて漢方や生活養生をアドバイス
ー先生のこれまでのご経歴を教えてください
私は中国の海南島、いわゆる“中国のハワイ”と呼ばれる温暖な島で生まれ育ちました。大学は北京の北京中医薬大学に進学し、5年間にわたって中医学を学びました。
大学卒業後は、地元に戻って海南医学院附属病院(現:海南医科大学附属病院)に勤務し、中医科で3年間の臨床経験を積みました。中医科には特定の診療科がないため、さまざまな症状の患者さんがいらっしゃいましたが、特に慢性病の方が多かったです。中でも、B型肝炎やそれに起因する肝硬変の患者さんが多く、高齢の方では脳梗塞の後遺症や循環器系疾患、糖尿病の方も多くいらっしゃいました。
ある日、患者さんから「肝臓を再生する薬はありませんか?」と尋ねられたことがあり、その一言が私の中に強く残りました。「もっと医学を深く学びたい」と思うようになり、最先端の医学を学ぶために日本への留学を決意しました。
1999年10月に来日し、1年半ほど日本語学校に通った後、2001年に順天堂大学大学院に入学し、消化器内科の佐藤信紘先生のもとで学びました。2006年には妊娠をきっかけにいったん仕事を離れ、約2年間は子育てに専念しました。その後、再び研究活動に復帰し、子どもが少し大きくなった頃に「やはり臨床に戻りたい」という思いが強くなりました。
ちょうどその頃、友人からの紹介で「誠心堂薬局」に入社することになり、そこから本格的に漢方相談に関わっています。

私自身、昔から「健康が何より大切」と考えていて、中医学の「養生」という考え方がとても好きです。元気な身体をつくるためには、まず食事が基本だと考えています。
中医学では「後天の本(こうてんのほん)」という言葉がありますが、これは産まれてからの身体の健康は日々の食生活や睡眠といった生活習慣によって支えられる、という意味です。規則正しい食事や睡眠を大切にすることが、健康を保つうえで欠かせないと、これまでの経験からも実感しています。
ー現在は誠心堂薬局で中医学アドバイザーとして多くのご相談者の方をサポートされていますね。相談者さんに向き合う時に心がけていることはありますか
相談窓口では、中医学の考え方に基づき、相談者さんの体質を踏まえた上で、漢方や鍼灸、食事や運動などの生活養生についても専門家の立場からアドバイスを行っています。
相談にいらっしゃる方は、何かしら困っていて「助けてほしい」という思いを抱えておられると思います。だからこそ、私はいつも“同じ目線”で、そして“愛情をもって悩みに向き合う”ことを大切にしています。
まずは、悩みにきちんと共感すること、そしてこちらからのアドバイスにご納得いただき「来てよかったな」と感じてもらえるよう心がけています。
初めての相談で緊張されている方も多いので、私はできるだけ友人のような気持ちで、リラックスした雰囲気の中でお話しするようにしています。
妊娠前から産後まで“食”で、はぐくむ母と子の健康
ー妊娠前や妊娠中に気を付けることについて教えてください
妊娠はゴールではなく、その後の出産や子育てのためのスタート地点です。いいスタートをむかえるため、妊娠後に備えて、妊娠前からきちんと身体を整えておくことが大切です。出産には体力が必要ですし、出産後は、自分の思うように時間や身体が使えない大変な時期でもあります。私自身も2人の子どもを育てている母親なので、心身の健康の大切さは身にしみて感じています。
そして「元気な赤ちゃんを産みたい」という気持ちは誰しもあると思います。妊娠というのは、自分の子どもにとっての「先天の本(せんてんのほん)」をつくること。つまり、自分の卵子とパートナーの精子によって、子どもの土台がつくられるわけです。

中医学では、「腎(じん)」の機能を高め、「腎精(じんせい)」を充実させることが妊娠にとって重要とされています。西洋医学では「ホルモン」の働きが重視されますが、中医学の「腎」は、卵巣や子宮の働きも含めて捉えています。つまり、丈夫な卵子と精子をつくることが、健康な赤ちゃんの「先天の本」をつくることにつながるのです。
そのためには、身体をつくる「後天の本」も整えておく必要があります。「後天の本」は中医学では「脾(ひ)=胃腸」のことを指します。身体は食べたものでできているので、胃腸を元気にして、しっかり栄養を吸収できる状態にしておくことが大切です。細身の方や冷えやすい方は、胃腸が弱い傾向にあります。まずは、妊娠前に身体全体を元気に整えることが必要です。
ー「後天の本」を整えるため、妊娠前にできることはどのようなことでしょうか
妊娠に向けての身体づくりのため、普段の食事では、五臓六腑に関わる色を意識し、季節ごとの旬のものを食卓に取り入れると良いとされています。

たとえば、「腎」に良いのは黒い食材、「脾(胃腸)」には黄色の食材がよいと言われています。色とりどりの食材を取り入れた食卓は、見た目も楽しく、身体にも良い影響を与えます。
妊娠前には、こうした養生の考え方を丁寧にお伝えし、理解していただいたうえで、漢方を取り入れてもらいます。ただ、漢方薬を飲んでも、胃腸の働きが弱いと十分に効果が発揮されません。せっかく高価な漢方を使うからには、きちんと効果が出るように、食事や生活習慣も含めて指導しています。
ー妊娠前、妊娠中に気を付けることを教えてください
中医学では、妊娠中のケアを「安胎(あんたい)」と呼びます。西洋医学では黄体ホルモンの補充はありますが、それ以外の妊娠中のケアは少ないですね。一方、中医学では、安胎のための養生法や、妊娠中に避けた方がいいこと、子育てで注意すべき点なども幅広くアドバイスしています。
妊娠の前後はなにより、「身体を冷やさないこと」「栄養をとること」を意識してください。
日本では氷を入れた飲み物など、冷たいものをとる習慣をよくみかけますが、妊活中から冷たい飲食物を控えることが大切です。卵巣や子宮が冷えると着床しにくくなります。妊娠中もお腹の中の赤ちゃんにしっかり栄養を届けるためにも、身体を冷やさないようにしましょう。
安胎の漢方としては、補腎(腎を補う)や補血(血を補う)作用のあるものを使います。これによって、血の巡りが良くなり、子宮にしっかりとエネルギーが届くようになるため、赤ちゃんの健やかな成長につながります。赤ちゃん自身の先天の本が作られるのはこの時期ですので、とても大切です。妊娠中でも安心して使える補腎として、誠心堂オリジナルの「亀鹿二仙丸(きろくにせんがん)」をおすすめしています。

(誠心堂オンラインショップより引用)
産後1ヶ月はできる限り心身の回復に集中
ー出産後のケアについて、日本と中国で違いはありますか
出産後の母体は、想像以上に疲労しています。特に授乳や夜中のお世話などで睡眠もままならず、自分の生活リズムは一変します。そんな中で心身のケアが十分にされないと、産後うつなどの問題が起きやすくなります。

日本では、産後にしっかり休むという習慣があまり根づいておらず、多くのお母さんが「自分でやらなくては」と頑張りすぎてしまう傾向があります。
中国では産後1か月間を「坐月子(ズオユエズ)」と呼び、まるで“お后様”のように何もしないで休むのが一般的です。家事などは家族が全面的にサポートし、お母さんは授乳と食事、睡眠だけの生活を送ることで、心身の回復に集中することができます。この「産後1ヶ月」は、その後の人生の健康を左右するほど大切な時期と考えられているんですね。
特に出産後の1ヶ月間は、冷たい水に触れることは絶対に避けるべきだとされています。洗濯や食器洗いなど、水を使う家事は一切しません。
また、たとえ夏であっても身体を温かく保つことが大切で、長袖・長ズボンに靴下を履いて、髪の毛も1ヶ月間洗わず、帽子をかぶって頭を冷やさないようにするなど、徹底したケアを行います。
もちろん、ここまで厳格ではなくても良いですが、日本でも、可能であればパートナーやご家族に1か月だけでもしっかり支えてもらえると、お母さんの回復が早くなります。お母さんが健康でいることは、結果的にお父さんや赤ちゃんにとっても良いことなんです。
また、母乳をしっかり出すために、しっかり食べることが大切です。お母さんが食べるものは母乳の質にも関係してきますので、赤ちゃんの成長のためにも栄養価の高いものを意識していきましょう。
睡眠をしっかりとるためにも、完璧に家事をこなそうとせず、少しあきらめるくらいで自分自身を大切にして休むようにしましょう。できれば夜12時前、可能であれば11時前には就寝するのが理想です。
中医学では、「日が沈んだら休む」という考えがあります。ご自身の健康のためはもちろん、子どもにも早寝の習慣をつけてあげると生活リズムが整いやすくなりますよ。

毎日の食事のタイミングと内容を整えて胃腸を元気に保つ
ー食べて身体を整えることが基本となることが良くわかりました。「胃腸の調子がよくないな」という時は何かいいポイントはありますか
できるだけ「食事で整える」ことが大切ですが、胃腸が弱っていて食事がうまくとれないようなときには、漢方の力を借りることもあります。
その場合は、体質に合わせて「胃腸を元気にする漢方」や「消化吸収を助ける漢方」を選びます。たとえば、胃腸がとても弱い方には「六君子湯(りっくんしとう)」がよく使われます。また、胃腸の不調だけでなく、常に疲れていて元気が出ないという方には「十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)」などが使われることもあります。
ただ、やはり基本は食事です。暴飲暴食は避け、食べたり食べなかったりという不規則な食事も胃腸にはよくありません。理想的なのは、1回の食事を「腹七分目〜八分目」に抑えること。特に夜は「腹六分目」くらいがちょうどいいと思います。
現代のライフスタイルでは、夜しかゆっくり食事ができない方が多いですよね。でも、養生の観点からすると、夜遅くにたくさん食べるのは避けた方が良いとされています。
中国には、「朝は王様の食事」「昼は労働者の食事」「夜は物乞いの食事」という言葉があります。つまり、朝は栄養たっぷりの食事をしっかり摂って、昼は働くエネルギー源として十分に食べ、夜はできるだけ軽くするというのが理想的な食事バランスです。
朝は忙しくてなかなか食べられない方も多いですが、栄養を意識してしっかり食べることが大切です。特に牛乳やお魚などでたんぱく質をとってください。私自身も、昼は必ずお肉を食べるようにしています。そうすることで夜まで元気でいられます。

最近はLDLコレステロール(悪玉コレステロール)が高い方も多いですよね。コレステロールが血液中を移動するためにはタンパク質と結合することが必要です。また、タンパク質と結合すると血液中で脂肪を運ぶことができます。つまり、たんぱく質が不足していると、コレステロールや脂肪が身体にたまりやすくなってしまいます。食物繊維も大事ですが、たんぱく質も同じくらい大切なんですよ。
また、年齢によっては炭水化物の量も少し調整する必要があります。1日3食、バランスよく摂ることが基本ですが、ファストフードやスナック菓子は控えめに。揚げ物も毎日食べるのは控えて、油が少なめの炒め物や、さっぱりした味付けをおすすめします。
- 暴飲暴食を避けること
- 食事は腹八分目を意識すること
- 食事のタイミングと内容を整えること
- たんぱく質をしっかり摂ること
- 油っぽい・辛いものは控えめにすること
- ヨーグルト・納豆などの発酵食品で乳酸菌をとること
こういった日々の心がけが、胃腸を元気に保つポイントになります。
「1無・2少・3多」で日々を健やかに過ごしてほしい
ー読者へのメッセージをお願いします
妊娠中の方や妊活中の方に限らず、すべての方にお伝えしたいことがあります。せっかく人としてこの世に生まれてきたのですから、まずは「元気な身体」「健康な身体」をつくることが、何より大切だと私は思っています。
元気な身体づくりに大切なポイントは3つあります。
一つ目に「おいしく食べること」。無理にたくさん食べるのではなく、「おいしいな」と感じながら、身体に必要なものをきちんと取り入れることが基本です。
二つ目に「ぐっすり眠ること」。しっかりと眠ることで、心も体も休まり、回復する力が高まります。
三つ目が、「毎日快便であること」。食べたものがきちんと排出されるという当たり前の流れが、身体の調子を整えるうえでとても重要なのです。

こうした健やかな身体づくりのために、私は日々「1無・2少・3多」という考え方を意識しています。
「1無」とは、タバコを吸わないこと。「2少」とは、食べ過ぎず腹七分目から八分目を心がけること、そしてお酒は控えめにすることです。お酒を飲む場合は、日本酒であれば1合、ビールは500ml、ワインなら150ml程度が身体にとってちょうどいい量だとされています。
そして「3多」とは、身体をよく動かす「多動」、しっかり休養を取る「多休」、人や物との関わりを大切にする「多接」を意味します。たとえば、できるだけ歩くようにしたり、長時間座りっぱなしにならないよう気をつけたり。休養もまた大切で、疲れをためこまず、その日のうちに回復させる意識が大事です。また、悩みをひとりで抱えこまず、誰かに話すことも健康を保つうえでとても大切です。人と接することで、心も自然と軽くなります。
こうした日々の積み重ねが、心身ともに元気な状態をつくってくれます。私自身も、この「1無・2少・3多」を心がけて生活しています。みなさんも、ぜひご自身の毎日の中で取り入れてみてください。
寝る前にリラックスすることで、いい明日を迎える準備を
ーリフレッシュ方法を教えてください
私は、リフレッシュしたい時や緊張をほぐしたい時は、まず目を閉じて深呼吸をするようにしています。
寝る前に気持ちが落ち着かない時や、なかなか寝つけない時にも、深呼吸や瞑想を取り入れます。目を閉じて静かに座り、頭の中を空っぽにするイメージで深呼吸を続けます。頭の中にいろいろな考えが残っていると、眠っている間にも夢をたくさん見てしまうので、意識的にリセットすることが大事だと思っています。
また、お腹のまわりをやさしくほぐすような簡単なストレッチも取り入れます。お腹まわりをリラックスさせて解放してあげるイメージですね。生理中などで子宮のあたりに違和感がある時にも効果的ですよ。
そうやって1日の終わりに一度心と身体を整えることで、また翌日を気持ちよく迎えられるようにしています。
(取材:2025年4月)
本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。