体外受精胚を傷つけずに染色体を解析する「ゲノム医療」で不妊治療に希望を【医師・博士 曽根原 弘樹】

妊活・不妊
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「知ること」で救える命を増やし生殖医療に貢献したい

曽根原 弘樹

株式会社ゲノムクリニック 代表取締役
医師・博士

筑波大学、東京大学大学院にて先端生命科学を専攻し、千葉大学医学部医学科(MD-PhDコース)を卒業。医師免許取得。川崎市立井田病院、千葉大学医学部附属病院を経て、2017年3月より医療レベルのゲノム解析の医療実装を目指すゲノムクリニックを研究としてスタート。2018年4月に株式会社ゲノムクリニックを創業。2019年10月に柏の葉ゲノムクリニックを開業。

ゲノムクリニック:https://www.genome-clinic.com/

生命科学へのあくなき探求心から、生殖医療を志す

―曽根原先生のご経歴とゲノム医療に取り組むようになったきっかけを教えてください。

私は幼少期より科学に興味を持っており、博物館で恐竜や化石を見たりするのが好きな子どもでした。遺伝子研究の道を志すようになったのは2000年6月、クリントン大統領が発表した「ヒトゲノム計画完了」の一報に、感銘を受けたことが影響しています。

これまで断片的にしか分かっていなかった人の遺伝子が、多くの国々の研究者によってすべて解読できたことは、とても印象的な出来事でした。

当時、高校2年生だった私は、その成果を発表した学術雑誌『Nature』を買うため書店へ走り、分からない言葉を調べながら懸命に読んだことを記憶しています。 

その後、私は筑波大学と東京大学大学院で先端生命科学を専攻し、受精卵(胚)や遺伝子の研究に携わりました。大学院卒業を間近に控え、研究者を目指すべきか、他の道に進むべきかと人生の岐路に立たされた時、これまでの学びを医学に生かしたいと考え、千葉大学医学部に編入したのです。

医学生時代は、内科や外科をはじめ、さまざまな医療現場を見学させていただきました。なかでも印象的だったのが、体外受精や生殖医療の現場です。先端生命科学における畜産領域の研究で培った技術が、人間にも転用されていることを知ったのです。

私がこれまで研究してきた生命科学の経験がダイレクトに生かせると確信し、産婦人科医として生殖医療の道に進むことを決意しました。

患者さんの心身を気遣いながら、きめ細かく不妊治療をサポート

ー曽根原先生は不妊治療の現場で、どのようなことを感じますか。

現在、私はゲノムクリニックで、ゲノム・DNA解析の医療実装化を目指して研究を続ける一方、産婦人科医として不妊治療専門クリニックの非常勤医師を勤めています。

多くの患者さんと接するなかで日々感じるのは、不妊治療は本当に難しいなということです。本来、人間は妊娠しづらい生き物で、妊娠を可能とする全ての条件が整っていても、妊娠率は1周期につき3割ぐらいだとされています。

たとえば、サルなどをはじめとする生き物のメスは、その多くが寿命が尽きるまで妊娠可能であるのに対して、人間の一般的な妊娠可能年齢は45歳頃までです。人間の女性は50歳前後に閉経を迎えるため、寿命が尽きるまで妊娠しない期間が長くあることは、生物学的には珍しい生き物であると言えるでしょう。

しかしながら、昔からよく言われる仮説で私がもっともらしいと思うのが、「おばあちゃん仮説」というものです。

人間の女性は、子どもを産まないからといって、必ずしも人類の進化に貢献しないわけではありません。年齢を重ね、子どもを産まなくなっても次世代の子育てを手伝ったり、おばあちゃんとして知識を伝えることで、大切な役割を担っているからです。

こうした役割を通して子孫繁栄に貢献し、集団全体の生存率を上げるために女性が長寿になったという「おばあちゃん仮説」は、人類が生き延びるために必要な進化の一つかもしれませんね。

次世代の子育てを手伝ったり、おばあちゃんとして知識を伝えることで、大切な役割を担っている

ー不妊治療の患者さんと接するとき、心がけていることはありますか。

必ず体調を聞くようにしています。不妊治療は、基本的に健康な男女を対象とした治療です。痛みや熱などの症状があって受診されるわけではないので、患者さんの不調を見落としてしまう可能性があるからです。

当たり前のことですが、私が不妊治療の患者さんと向き合うとき、ささいな体調の変化も見逃さないよう、丁寧な問診を心がけています。小さな心配りが患者さんとの信頼関係を築くことにつながり、治療が良い方向へ向かうと考えています。

胚を傷つけない着床前診断で妊娠率を高める、これからの生殖治療

ー曽根原先生が行っている着床前診断について教えてください。

赤ちゃんが生まれる前に遺伝子を調べる方法は、大きく分けて2種類あります。一つは、妊娠中のお母さんの血液や羊水を調べて赤ちゃんの遺伝子を解析する方法です。一般的に出生前診断と呼ばれ、お腹の中の赤ちゃんの状態や疾患等の有無を調べる検査です。

もう一つは、妊娠前の胚の段階で遺伝子を調べる方法です。私が現在取り組んでいるのは、体外受精時の胚を傷つけずに遺伝子を調べる、新しいタイプの着床前診断です。

これまでの着床前診断は、胚の一部を切り取り、染色体の構造や数の異常を調べることで、赤ちゃんになりやすい胚を選択し、子宮に移植する方法が一般的でした。しかしながら、この方法では、胚にダメージを与える可能性がないとは言い切れません。

そこで、私たちの研究グループが取り組んでいるのが、体外受精によって得られた胚から培養液に浸みだしたDNAを解析することにより、胚を傷つけることなく染色体を調べるという方法です。これにより、生まれてくる赤ちゃんの健康を損なうリスクを減らすことができます。

Medi Seq検査の方法
Medi Seq検査の方法(https://www.genome-clinic.com/ より引用)

ー体外受精を行う前に胚の遺伝子を読み解くことは、どのようなメリットがありますか。

体外受精時によって細胞分裂を始めた状態の胚は、もともと染色体異常があり、赤ちゃんに育たない胚も存在します。

染色体は、体を作るための設計図で、1番から22番までの常染色体と性染色体で構成されています。正常な染色体は23対46本であるものが、細胞分裂の段階でエラーが発生し、染色体の一部が3本になったり、1本しかなかったりと、均一でない場合もあるのです。

異常がある胚を子宮に移植してしまった結果、流産につながるケースも多く、患者さんの心身にダメージを与えてしまいます。

こうしたリスクを減らすためには、子宮に移植する前に胚の遺伝子を読み解き、正常な染色体で構成されているか判断することが重要になってきます。

つまり、体外受精時に胚を選別するということは、妊娠率を高めることであり、「救える命を増やすこと」につながるのです。

ー胚を傷つけずに着床診断を行う研究は、どのような発想から生まれましたか。

新しい研究のテーマについては、日常生活の中で常に考えています。散歩中や入浴中にふと思いつき、やれそうなことを実行しているという感じです。

培養液に浸み出た胚の染色体を解析しようと思ったのは、胚の中には数十万ものミトコンドリアDNAが存在しているので、「少しぐらい培養液に漏れ出てもおかしくはないのではないか」というアバウトな仮説を立てたことが始まりです。

実際に検査をしてみたら、予想以上に染色体の解析ができたので、この研究は成功だったと思います。

当時は、この発見を世界初だと思っていたのですが、後になって私が思いつく数年前、すでにイタリア人の研究者が同じ研究に取り組んでいることを知りました。

残念ながら、私は第一発見者とはなりませんでしたが、世界でも最初の頃に、この研究に注目した研究者の1人だと思っています。

日々、医療は進歩していますので、これからもスピード感を持って、研究に取り組んでいきたいですね。

ーゲノム解析はどのような医療に応用されているのでしょうか

私が代表を務めるゲノムクリニックでは、採血や尿などのデータをもとに、がんのリスクを測り、早期発見や治療に役立つ情報を提供する「がんリキッドバイオプシー外来」を行っています。

また先ほどお話しした胚培養液中のDNAを解析する着床前診断は、まだ研究段階ではありますがMedi Seq (メディ・シーク)」という名称で、提携医療機関で提供しています。

ゲノム自体は情報なので、解析しただけで悩みや痛みが解決する訳ではありませんが、そこから得られる情報を使って、より適切な行動や医学的な選択に活用することができます。

今後は、より多くのクリニックと提供し、がん患者さんの治療や胚移植評価に役立てるよう、尽力していきたいと思っています。

アジア・アントレプレナーシップアワード2017特別賞(柏の葉賞)(https://www.genome-clinic.com/より)
九都県市「きらりと光る産業技術表彰」2018受賞(https://www.genome-clinic.com/より)

ー妊活や不妊治療に取り組んでいる方へメッセージをお願いします

不妊治療はハードルが高いというイメージがあるせいか、長い不妊期間を経て相談に来られる方も多くおられます。しかし、不妊期間が1年以上続く場合は、不妊の可能性があります。

今は不妊治療も保険適用の枠が広がっており、金銭的な面でもハードルが下がっています。不妊治療は、年齢や体調面にも制限がありますので、なるべく早く治療をスタートしたほうが良いと思います。少しでも気になる方はぜひ、お気軽に受診することをおすすめします。

悩むことができない時間を作ることで気持ちをリセット

ー曽根原先生が行っているリフレッシュ方法を教えてください。

私は小学生の頃からテニスが趣味で、今でも週に1度は必ずコートに立っています。テニスは、プレーに集中しなければならないスポーツですので、悩んでいる暇などありません。思い切り体を動かして、頭の中をリセットすることが、私のリフレッシュ方法です。

悩むことのできない状況をあえて作ることは、とても精神衛生上いいことだと思います。知り合いの研究者もマラソンや水泳などのスポーツを楽しむことでリフレッシュしている人が多いですね。

テニスで思い切り体を動かして、頭の中をリセット

(取材:2024年10月)


本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。

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