更年期って、実はこの先を元気で生きていくための“準備を整える時間”なんです【公認心理師・臨床心理士 戸田 さやか】
目次
家庭の支援で気づいた家族やカップルの心理支援の大切さ
――公認心理師、臨床心理士、生殖心理カウンセラー、がん・生殖医療専門心理士、ブリーフセラピストなど多くの肩書をお持ちですが、心理分野に興味を持たれたきっかけを教えてください
私が高校生の時にちょうど、相手のこころを読んで事件を解決するというような犯罪分析官や、犯罪心理分析官が出てくるドラマや映画が流行ってたんですよね。人の心を読めたらかっこいいと思って、心理学部に入りました。でも当初は全然心理士になる気はなくて、普通に企業で働くんだろうなって思っていました。
考えが変わったきっかけは、恩師との出会いです。その先生は、魔法みたいに患者さんの問題を解決していくんですよ。それを見て、あ、心理士っておもしろいなって思って、そこから、その先生の研究活動、不登校・引きこもりの方を支援する会に参加するようになりました。
その活動の中で、不登校や引きこもりなど、課題をお持ちのご家庭のお子さんやご両親へのカウンセリングへ同席したり、ケースカンファレンスに参加させてもらい、それがもうすごく楽しくて、心理士になろうと決意して大学院へ進学、資格を取って働き始めました。
その先生の、ブリーフセラピーという流派を、私もそのまま学びました。家族やコミュニケーションを専門にする流派です。
――ドラマや映画の中以外での心理士さんの活躍の場ってあまりイメージがないのですが、具体的にはどのような活動をされてきたのでしょうか
私が働き出した当時は、心理士として正規職員で勤務できる環境が少なくて、非正規職員として3年や5年をスパンに家族やコミュニケーションを扱う領域を転々としてきました。この短いスパンでいろいろな臨床を経験できたのは幸いでしたね。
たとえば、地域のDVや貧困問題に取り組む団体や、子育て支援を扱うような部門、学校のスクールカウンセラー、警察署で非行少年やその家族を扱ったりしました。
そうやって子どもたちや家族と接する中で、家族の問題、夫婦の問題がすごく出てきて、夫婦の問題を扱っていくとあまり語られることのない性の問題が結構あるんだなっていうことがわかってきました。その性の問題を学びたくて、いろいろ探したのですが、日本では、性にまつわる病気やパラフィリアといった正常ではない性癖などの問題は扱うんですが、いわゆる通常のセックス、健康なカップルの性の問題はあまり扱われないんです。
じゃあ、こういった健康なカップルの性の問題について臨床ができるのはどこだろうって考えた時、あ!不妊治療じゃないかなってひらめいて。セックスセラピーのことを学びながら、心理士として不妊治療のことも勉強したいと考えました。ファミワンとのつながりもここがスタートでしたね。
――ひとことで心理士といっても扱う範囲がこんなに広いとは知りませんでした
ね、そうですよね。心理士って、すごくカバーする対象も広いし、扱う問題も幅広いので、一般の方からすると、何する人なのかちょっとピンとこないとは思います。多くの心理士は、自分が専門とする、対象や領域、専門とする流派はこれっていうのを、ある程度決めて、そこをやってる方が多いのかなとは思います。
――心理士さんとお話しすると、心が読まれるというか話し方や行動からすべてばれちゃうんじゃないかと思ったりしてました
いや、人の心は読めないですよ。全て人の心が読めてたら、おそらく疲れますし、私、今頃億万長者になってると思います。海外でカジノに行って、ボロ儲けすると思うんですけど。 そんなことは、当然できず(笑)
ただ、心理学は科学、サイエンスなので。きちんと統計データがあって、理論があります。その統計や理論と、患者さん個人個人の状況を当てはめて、仕分けしながらお話を聞いていく。こういうデータとか、こういう実態があるから、こういうことをやってもらったらいいんじゃないかっていうアイデアを提供する、みたいなイメージです。
「自分でうまくできそう」のひと言がうれしい
患者さん自身の”自然治癒力”を信じて
――心理学をベースに幅広く活動をされていますが、活動の軸とされていることを教えてください
私の場合は、患者さんや相談者さんの「自然治癒力」を信じる、というところを一番大事にしています。
誰にでも、必ず自然に治癒する力っていうのはあって、ご本人は気づいてなくても、いろいろなリソースを実はすでに持っています。自然に良くなれるということに気づくと、積極的に良くなろうとできたりとか、今のままでいいんだって思えたりもします。
――なるほど、ご本人が悩んでいることに対して「このままで良かったんだ」と思えるようにサポートするイメージでしょうか
悩むこと自体も自然治癒の経過なんです。 悩んでいるとか困っているというお話を伺った時に、「どうしてこんなに上手に悩めてるのか」「解決しようとして、これまでどんな努力をしてきたのか」ということにフォーカスをします。
ご本人は努力とは気づいてないので、どんな努力をしていらっしゃったのかを会話の中で読み取って「こういう努力をしてこられたんですね」とか、「あなたにはこういう力があるんですね」という、フィードバックをします。そうすることで結果的に、ご本人が自分の自然治癒力に気づくことにつながっていきます。
――いろいろな活動をされていく中で、特にやりがいを感じている部分や、やっててよかったと感じたエピソードがあればお聞かせください
そうですね。患者さんや相談者さんとの最後のやり取りのときに、「いろいろ大変だけど、自分の力でやっていけそうな気がする」と言ってくれた時は一番やりがいを感じます。
結局私たち心理士は、黒子みたいなもので、私達がリードするわけでも、直接治すわけでもありません。つまり「先生のおかげでうまくいきました」ではなくて、「こういう風にやってみたらうまくいったから、これからも自分でうまくできそうな気がする」と、ご本人が自分で治癒していけているなと感じられることが一番うれしいですね。
更年期の心身の不調
根底には身体の変化や老いに対する不安が隠れています
――更年期に関する悩みやご相談で印象的な事例はありますか
女性も男性もどちらも、体の不調とか、気持ちの不調という部分で悩まれる方が多いですね。最近元気が出ない、落ち込みやすくなった、イライラしやすくなって家族に当たってしまう、眠れないなど。本当に多種多様な身体や心の症状で、まずご相談にいらっしゃいます。
そこからよくよく話を聞いていくと、単に症状がなくなればいいということではなくて、自分の体が変わっていくことへの恐れ、漠然とした不安みたいなものが、実は根底にあったりするんですよね。
たとえば女性だったら、自分が女性ではなくなっていくんじゃないか、徐々に月経が不規則になっていって、私の卵巣と子宮はもうお役御免なのかなみたいな、自分が変わっていくこと、老いていくことへの不安や恐れで悩まれている印象です。
――そのお悩みに対してどのようなアドバイスを返しますか
病院などで更年期症状と診断された方に対しては、まずは更年期の体や心の変化についての知識提供をします。その上で、普段の生活の中でどんなところに気を付ければいいのかを、一緒に話し合っていきます。
自分が変わっていくことへの恐れや不安について、最初からうまく言葉にできる方ってほとんどいなくて、お話を聞いていく中で出てくるんですよね。
身体の変化に伴って、自分の人生について考えることがどんなことなのかということを、いろいろ聞いていきます。これは、私から具体的にアドバイスをするとか、提案をするとかということでは決してなくて、これからの人生のこと、やりたいこと、過去の後悔などを言語化してもらうことで不安を整理していくという作業です。
患者さんの不安な気持ちをカウンセリングで言語化
解決策を一緒に探ります
――ご自身でも気づいていない気持ちを言語化していくアプローチなど、患者さんや相談者さんとのコミュニケーションの仕方がすごく大事になるのかなと思っています。コミュニケーションを取る上での工夫ってありますか
心理士は言葉を扱う仕事なので、言葉の使い方に最も対面でのカウンセリングでもテキストでのやり取りでも、どんなワードを使うかについては非常に気を使います。
たとえば、ご本人が「今週はこれぐらいしか、仕事ができなかったんです」という発言に対して「今週はこれぐらい仕事をされたんですね」と返すなど、ネガティブに捉えてしまっていることを、ポジティブにもし過ぎず、言葉を使ってニュートラルに戻すみたいな。
会話の中の、”て、に、を、は”の助詞のひとつひとつまで、何を使うのかというのも自然と計算しますし、相手が使った単語を、そのまま使うべきか否かという部分も常に考えますね。
あとは、うなずくタイミングなど非言語のコミュニケーションにも工夫をします。相手が自分をすごく否定しているタイミングでは、相槌を打たないとか。逆に、すごく肯定的に自分を語っている時には、すごく反応を返すとか。そういう細かい技はたくさんあります。
――助詞のひとつひとつまで気を使うとは!?とても訓練がいりそうですね
あと、対話中の自分の感情のモニタリングを常におこなっています。
対話していると、私も人間なので「かわいそうな気持ちになる」とか「この人に対して、今ちょっと怒りが湧いている」など、感情移入や同調や反発などいろいろな感情が湧いてきます。
でも怒りの感情のまましゃべってしまうと、相手に怒りを向けてしまうので「今の私は、少しこの人に怒っているから、まずは落ち着こう」という感じで、自分自身で感情のモニタリングをしながら対話しています。
――感情のモニタリングをしながら対話する、まさにプロという印象を受けました
普段の会話の中などコミュニケーションをとる上で、誰もが無意識にできていることだとは思いますが、私たち心理士はカウンセリングの中で意識的に行えるように専門の訓練をしてますからね。
特に、更年期の方で男性に多いんですけど、怒りや絶望的な悲しみみたいな感情を、カウンセリングでお話しされる方がいらっしゃるんですよね。
女性の場合、割と話すとそれだけで元気になっていくことがありますが、男性の場合は、どうしても具体的なアドバイスや指示っていうのがもらえないと、自分のモヤモヤを抱えきれなくて、相手に怒りを向けたり、すごく落ち込んだ様子を見せてきたりいう方がいらっしゃいます。それぐらい、感情のコントロールができなくなっちゃうんですよね、更年期って。
怒りに怒りで返さないように私自身をモニタリングしつつ、この患者さんは、家とか職場とか、他のところでもこういう態度をしてしまっていて、周りに怒りを感じさせてるんじゃない か、という見立てもしています。
患者さんに対しては、「今すごく怒りの気持ちが湧いてると思いますが、他の場面でも同じことがあって、悔しい思いをしていませんか」と問いかけをすると、実は更年期症状のせいで、パフォーマンスや気分が落ちていて、周囲とうまくいっていないという訴えにつながっていきます。
そうすると患者さん自身で、「自分のこの怒りのコントロールが、周りに影響してるんだ」ということを理解できたり、「じゃあそういう時には、怒りではなく、どういう行動を取ればいいのか、どうやってSOSを出せばいいのか」といった現実的な話につながって、解決策を一緒に探っていけます。
更年期は自分のこころとからだに向き合うポジティブで贅沢な時間
――「更年期」でお悩みの方へのメッセージをお願いします!
更年期を「ポジティブな時間」ととらえてほしいなと思います。
「更年期」というと、どうしても老いを実感する期間で、ネガティブに捉えられがちなんですけど、実はこの先の人生や未来を、自分が元気で生きていくための準備を整えていく時間なので、贅沢な時間だと思っています。
たとえば、体調を良い状態に保つために、自分の体に気を使おうというきっかけになる、この忙しいご時世に、自分のためだけに時間を使うとかケアをするとかって、すごく贅沢なことじゃないですか。ヨガをするとか、ちょっとストレッチを10分するというだけでも、その時間を取ること自体がなかなかできないことだと思うんですよ。
だからぜひ、生活や身体が変わっていくこの時期に、自分のからだとこころに向き合って、その先の人生を考えるポジティブな時間にしていただけたらなと思います。
好きなものを、好きな人と、楽しみながら食べることで、ハレばれとリフレッシュ!
――戸田さんオススメの、気分がモヤモヤした時のリフレッシュ方法だったり、リセット方法を教えてください
私は、人とつながるというのが一番リフレッシュにはいいんじゃないかなと思っています。つながるきっかけとしては、一緒に食べることかなと思います。
食事をきっかけにすると、直前に少し億劫になったときでもそこに行ったらおいしいものがある、 予約しちゃったし、あれ食べたいし行こうかなって動機づけになりますし、結果的に、おいしいねとか盛り付けがかわいいねとか、食事を介して会話もはずみますよね。
もちろん1人が好きな人も、ずっと1人いて気持ちが滅入っちゃったという時には、ちょっといつもと違うことをしてみることが大事です。人と会うと、いつもと違うことが必ず起こるんですよね。友人でもご家族でも、行きつけのお店に行く、誰かに電話するだけでもいいと思います。なにより好きなものを、好きな人と、おしゃべりして楽しみながら食べるっていうのがオススメです。