子育てとの両立、“今”は大変でも思い返せばきっと貴重な経験になっています【神奈川工科大学 澤井 明香】

子育て
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尽きることのない好奇心 栄養と健康、心身のつながりから食べることの大切さを伝えたい
神奈川工科大学 准教授 澤井 明香

澤井(下田) 明香

神奈川工科大学  健康医療科学部 管理栄養学科 准教授
神奈川工科大学大学院 工学研究科 応用化学・バイオサイエンス専攻 准教授

博士(医学)、管理栄養士、健康運動指導士。
名古屋女子大学 家政学部 管理栄養士専攻卒、大阪市立大学大学院 生活科学研究科 修士課程修了。名古屋市立大学大学院 医学研究科 博士課程中退、横浜市立大学院 医学研究科 博士課程修了。
名古屋女子大学助手、愛知学泉大学講師、千葉県立保健医療大学助教を経て現職。

食べることで人の身体におこる変化を知りたい

ー栄養学に興味を持ったきっかけを教えてください

幼い頃、私自身がアレルギーを持っていたこともあり、食と身体の関係性に興味を持つようになりました

毎年、自分の誕生日に蕁麻疹が出てしまうことが不思議でした。どうやら誕生祝いのお赤飯と魚を一緒に食べると症状が出るようだと気づき、この不思議な現象の原因を探りたいという思いが、栄養学の道に進むきっかけになっています。

大学は私の栄養学への興味と、両親の花嫁修業の一環という考えから、県内唯一の管理栄養士養成学科があり、自宅から通える名古屋女子大学に進学しました。大学卒業後は母校の助手として2年ほど働いていましたが、もっと学びを深めたいという思いが募り大学院への進学を決意しました。

その当時、栄養学を専門とする大学院は全国でも限られた大学にしかなく、県外へ進学するしかない状況でした。私の実家は武家の末裔であることも影響すると思いますが、結婚相手を親が決めたり、結婚後は家庭に入り家事に専念するべきという古風な考えがあり、 “女性が大学院にまで進学する必要はない”と両親からは猛反対されました。

それでも「勉強したい」という強い思いから、学費を貯め、大阪市立大学の大学院に進学しました。当時の大阪市大は、管理栄養士養成の最難関の大学で、大学内部からの進学者ももちろんいますので、外部からは入学が難しかったのですが、首席で合格することができました。

大学院では、幼い頃から関心のあったアレルギーの研究に取り組みました。人に関わる研究を希望するものの、その当時の国内では人を対象とした栄養の介入研究は、殆ど行われていませんでした。動物実験や細胞の研究を続けていても、人を対象とした研究にはつながらない、どうにか人を対象とした研究をしたいと考え、医学部の大学院で学ぶことを切望するようになりました。

思いが通じたのか幸運なことに、同じ大学の医学部の先生からのお誘いを受け、栄養学の大学院修士課程に在籍しながら医学部の大学院の研究室で学ぶ機会を得ました。これは異例のことで、大学内でも大変驚かれたそうです。

修士課程修了後は、さらに学びを深めたいと考え医学部の大学院の博士課程を受験することにしました。実家のある愛知県で大学院を探し、縁あって名古屋市立大学大学院の医学研究科を受験することになりました。そこでは、教授の奥様が管理栄養士だったこともあり、進学への想いを深く理解して頂けたため、栄養学出身の立場での受験が初めて認められました。

医学研究科の受験勉強は、それまでの管理栄養士の勉強とは全く異なる内容で苦労しましたが、大阪市立大学の医学研究科の研究室の仲間のサポートのおかげで、無事合格することができました。

出産後間もなくの医学研究科受験、寝る間を惜しんで授乳と勉強

ー両親の反対を押し切っての進学、管理栄養士から医学部の大学院への進学など異例のできごとが続いてすごくドラマチックですね!ご結婚の経緯も少し変わっていらっしゃるとお伺いしました

名古屋市立大学で大学院生活を送る中で、夫との出会いがありました。夫は別の大学で教員をしていたのですが、私の所属する研究室に来訪した際に、名古屋を案内したのが出会いのきっかけです。夫は一目惚れだったそうですが、私としては何名かいらっしゃった先生方の中のひとりというくらいの印象で、顔も覚えていませんでした(笑)。

なんと夫は私の知らないうちに、実家の両親に結婚を申し込みに行き、私の指導教官に「彼女の両親から結婚の許可をいただきました」と報告したようなのです。

指導教官から「明香さん(澤井先生のお名前)結婚するんだってね。それに、大学院も辞めてしまうんだって。」と聞かされて、私は「誰とですか?なぜ退学ですか?」と聞き返したくらい、何も知らないまま話が進んでいたんですよ。両親は私の身を心配して結婚を機に家庭に入ることを望み、しかし今迄の努力も知っているので、娘の夢を託す結婚相手として、大学教員である夫を選んだようでした。

私は退学を阻止するために慌てて大学院に行き、事務局の前で泣き崩れました。後に初めて夫と二人きりで会いました。「あなたの意志を尊重します。研究者を目指すのならば、これからは私の責任であなたを支援します。大学院生を続けて下さい。」この言葉を聞き、どれほど救われたことでしょう。今となっては、笑い話のエピソードとなりました。

ー外堀から固めて結婚に至ることができるとは驚きです…!

結婚後は、夫は神奈川、私は愛知でそれぞれ暮らしていましたが、大学院の博士課程の2年生の時、妊娠を機に夫の勤務地である神奈川県に引っ越しました。

名古屋市立大学の教授の勧めで横浜市立大学に転学することが決まったのですが、大学院への編入制度がなく、あらためて医学部の大学院を受験し直すことになりました。

その年の5月に出産して、8月に試験がありました。出産後すぐの受験でしたので本当に寝る間を惜しんで勉強をしました。

がんばりすぎて救急車で搬送されたこともありますし、試験中は夫に子どもを預け車の中で待機してもらい、合間に授乳しながら受験しました。今思うとなかなか壮絶な状況ですよね。横浜市立大学でも栄養学出身の大学院生は私が初めてだったそうです。

進学後も、子育てをしながらの研究生活は、保育園探しや研究と育児との両立など苦労の連続でした。大学院の博士課程で2人の子どもを出産しましたが、周りの人たちに支えられながら、博士号を取得することができました。

ー出産後すぐの受験や育児をしながらの研究生活など、大変な状況で両立されていたのですね

その時は本当に大変だと思っていましたが、今思うと良かったなと思うこともたくさんあります。子どもとしっかり向き合うことができましたし、今も研究を続けることができていて自分のキャリアも叶えることができています。

子どもが乳児・幼児の頃は、私は学生だったので子どもの不調の際は、自分の研究の都合をつけることで、時間の調整が可能でした。今では子どもも大学生となり手がかからないので、私も研究にしっかり取り組むことができています。

これは私の持論ですが、研究者を目指す女性が家庭を持ちたい場合、キャリアを考えると学生時代に出産するのが良いのではないかと思います。助手や助教になると本当に忙しくて出産・育児は難しく、講師や准教授になる頃には40代となり、2人3人と産み育てるのは年齢的に厳しくなりますよね。

食と健康、心身のつながりを多角的に研究

ー食と人に関わる研究を志していたとこれまでのお話にありましたが、どのようなテーマで研究をされていらっしゃるのでしょうか

好奇心が旺盛なので、気になったことはなんでも研究したくなってしまいます。

管理栄養士、健康運動指導士、そして医学研究科での経験を活かし、栄養と健康に関して多角的な視点から研究に取り組んでいます。

研究のひとつに「欠食」の身体や心への影響についてのテーマがあります。栄養と行動・心身の状態の関係性に関する研究です。

これは私自身の中学生の頃の経験が研究のきっかけです。お腹をすかせている同級生の行動が攻撃的になる傾向があることに気づき、栄養と人の行動には深い関係があるのではないかと考えるようになりました。実際に交感神経と副交感神経のバランスを測定すると、欠食した場合、交感神経が優位になる、つまり興奮した状態で感情的になりやすいことがわかりました。

慢性的な欠食は、肥満や脳卒中になりやすいという調査報告も出ています。もちろん栄養や食事だけが原因とは言い切れませんが、食べなければどうなるのか、食事が身体と心に及ぼす影響を追求しそのメカニズムを解明したいという思いで取り組んでいます。

ほかには、ストレスの客観的評価と影響に関する研究もあります。これは私の博士論文のテーマでもあり、セイコーエプソン社と共同で、世界初の腕時計型ストレスメーターを開発しました。現在はストレスが味覚や痛覚に与える影響などを調査し、特に痛覚への影響は顕著で、その成果を論文で発表しました。

研究中の一コマ:近赤外線分光法(NIRS)を使って脳の血流や機能を計測

また、アミノ酸と生理周期の関係性に関する研究も進めています。味の素社と共同研究で、最新のアミノ酸分析装置を使って、女性の生理周期と血液中のアミノ酸組成の変化の関係性を明らかにしました。この研究結果を活かし、性周期による体調不良を食生活の面から支える方法を検討しています。

そのためにも「できるだけ簡単に、高い精度で、性周期のリズムを知るにはどうすれば良いか」をテーマにTOPPANエッジ社と共同で「わたしの温度®」という温度センサーの開発に取り組んでいます。

将来的には、研究成果を活かして、PMS症状の軽減に役立つ食事やサプリメントの開発に繋げたいと考えています。多くの女性がPMSに悩まされているので、少しでも役に立てればと思っています。

ー多岐に渡る研究テーマに取り組んでおられ「好奇心が旺盛」とおっしゃっている意味もよくわかります。普段から心がけていることはありますか。

「よく笑ってるね」と言われるほど朗らかな性格で、周りの人が楽しくなるように誰にでも接することを心がけています。 

人との出会いを通して新しいことを知るのも大好きです。身近な人の様子から研究テーマを思いついたり、企業との共同研究で最新機器に触れる中でアイデアがひらめくこともあります。

研究室では20代の学生たちに囲まれていて日々刺激を受けています。みんな斬新な考え方や素晴らしいアイデアの持ち主なので、遠慮なく意見を言える、風通しの良い環境づくりを心がけています。

大学での授業の様子

考えすぎず笑顔で前向きに取り組むことが大事

ーいろいろな方との出会いや経験を研究に活かしていらっしゃるのですね。ぜひ読者へメッセージをいただけますか

解決までに時間がかかることもありますが、なにごとも誠意を持って取り組めばいずれ実を結ぶと思っています。悩みすぎないのが大事ですね。なるべくいつも明るくニコニコしていることを心がければ、きっと道は開けます。

私自身、子育てと研究の両立は大変でしたが、今では貴重な経験だったと思えます。そして子どもたちは親の背中を見て育つので、いつの間にか頼もしい子に育ってくれました。

辛い時は、無理に一人で抱え込まず周りに助けを求めることも大切です。辛いと感じたら、「辛い」と言葉にして伝えると周りも助けてくれます。悩みすぎず笑顔でいることを心がけてほしいと思います。

学会発表で研究室の学生さんと
学会発表で研究室の学生さんと

ー澤井先生のリフレッシュ方法を教えてください

私は考えても解決しないこと、解決までに時間がかかりそうなことは考えないようにします。イヤなことは考えない、モヤモヤ考えてしまいそうになったらまずは行動しますね。

印象的なエピソードをお話しすると、鎌倉を歩いていて見ず知らずの女性に突然「着物文化の継承と街の活性化のために、私の着物を着て、鎌倉の町を歩いてください」とお願いされたことがあります。「え!どういうこと?なぜ私?」とは思ったのですが、私は青森県のおいらせ町という自治体のふるさと大使をしていましたので、これも何かのご縁かと思い、その方の想いを感謝して受け止めて、私にできることをしようと決めました。

これってまさに「考えても解決しないこと」ですよね(笑)。さらに交流を深めるなかで、声をかけてくださった女性が、「着物の雑誌」といえば、まず最初に思い浮かぶと思われる、ある雑誌のモデルをなさっているかただと知りました。このような不思議で貴重な出会いもあるのですね。

今でも月に1回くらい、着物で鎌倉のカフェ巡りやお寺の参拝をしてSNSへの投稿を続けています。

あれこれ考えても仕方がないなと思って、写真を撮って投稿した後はカフェでひたすら研究論文を書いています。

紅葉の季節に葉山にて
紅葉の季節に葉山にて

また、趣味で着物生地の再生を考えて、小物を作り、研究室の学生さんに贈っています。

昨年、卒業式に、卒業証書などが入る大きな紙袋の代わりになり、肩から下げられるタイプの大きな手提げを作りました。

ひとり暮らしのかたなど卒業式を一人で迎える女子学生さんは、着物を着ていて荷物が多いのに紙袋などしかなく、手指で持つと重いし袴姿にも合わないので、それを解消したいと思ったためです。 今年も、研究室の卒業生に贈る手提げができました。

卒業生への贈り物 一着の着物から4個の手提げ袋を製作
一着の着物から4個の手提げ袋を製作

(取材:2024年12月)


本記事は、取材時の情報に基づき作成しています。各種名称や経歴などは現在と異なる場合があります。時間の経過による変化があることをご了承ください。

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